odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2020-01-01から1年間の記事一覧

アガサ・クリスティ「ブルートレイン殺人事件」(新潮文庫)「青列車の秘密」とも ストレスで乗り気のしない仕事でも契約を履行するために完成させるというプロ意識はさすが。

アメリカの富豪ヴァン・オールディン氏は娘の結婚に不満だった。夫がいい加減な遊び人で金をせびってばかりなのに、別の女(ダンサー)にうつつを抜かしている。離婚しろといいだすと、娘は娘でフランスの侯爵に入れあげていた。「ハート・オブ・ファイア」…

アガサ・クリスティ「おしどり探偵」(ハヤカワ文庫)「二人で探偵を」とも 日本では知られていないイギリスの名探偵の真似をするトミーとタペンスの会話と冒険を楽しもう。

ハヤカワ文庫のタイトルは「おしどり探偵」、創元推理文庫は「二人で探偵を」。 【今日の一冊】本日(11月22日)は「いい夫婦の日」です。『おしどり探偵』好奇心旺盛な妻・タペンスとやさしい夫・トミー。夫婦はひょんなことから国際探偵事務所を開設。素人…

アガサ・クリスティ「ミス・マープル最初の事件」(創元推理文庫)「牧師館の殺人」とも 女性作家が男性のジェンダーにたって手記を書くの奇妙だけど、不思議に思わないのはなぜ?

原題「The Murder at the Vicarage」1930年はハヤカワ文庫で「牧師館の殺人」、新潮文庫で「牧師館殺人事件」、創元推理文庫で「ミス・マープル最初の事件」。ミス・マープルの長編初登場は本作だが、そのまえに「ミス・マープルと13の謎」に収録された短…

アガサ・クリスティ「シタフォードの秘密」(ハヤカワ文庫) 霊能者による殺人予告通りに事件が起こるが、クリスティは「冬の夜の団欒」の一言でスルー。トリックよりも小説の技術に驚かされる優秀作。

ハヤカワ文庫は「シタフォードの秘密」で、創元推理文庫は「シタフォードの謎」。違いはないです。 なるほど19世紀末からオカルトが流行り、大衆に広く膾炙した。帝政ロシアのラスプーチンなどをいう怪僧が政権に口を出すくらいになり、ブラヴァツキー夫人と…

アガサ・クリスティ「ミス・マープルと13の謎」(創元推理文庫) イギリスの田舎町の中産階級は夜の娯楽がないので、定期的に集まってはゴシップなどに話をさかす。村から出たことがない無学者がもっとも知恵者であるという趣向。

作家レイモンド・ウェストの家には、警視総監、女性画家、弁護士、牧師が毎週火曜に集まる。一人しか結末を知らない話をして謎解きをする。いつも真相を当てるのは、セント・メアリー・ミード村から一歩も出たことのない老婦人ミス・マープル! 関係なさそう…

アガサ・クリスティ「エンド・ハウス殺人事件」(新潮文庫)「邪悪の家」とも ヘイスティングスをポワロを崇拝する一回り下の世代にした二人の関係の見直しをする翻訳がおもしろい。

原題「Peril at End House」を新潮文庫はこのように名付け、創元推理文庫は「エンド・ハウスの怪事件」、ハヤカワ文庫は「邪悪の家」とする。1932年初出の長編第12作。 イギリスの南海岸で休暇中のポワロとヘイスティングスは、3日に3度殺されかけたという若…

アガサ・クリスティ「晩餐会の13人」(創元推理文庫)「エッジウェア卿の死」とも アメリカの天真爛漫な野蛮を前にヨーロッパは委縮するので、ポワロは老いたヨーロッパを保護する。

創元推理文庫では「晩餐会の13人」で、ハヤカワ文庫では「エッジウェア卿の死」、新潮文庫では「エッジウェア卿殺人事件」。イギリス版とアメリカ版でタイトルが異なっていて(クリスティにはよくある)、翻訳者の判断でこのようになったらしい。書誌情報…

アガサ・クリスティ「なぜ、エヴァンズに頼まなかったか」(ハヤカワ文庫) 子供じみた青年男女が冒険を通じて、角突き合いそして事件の大団円とともにロマンスも成就する。頼りない男をリードするのは行動的な女性。

視力が落ちて退役することになったボビー青年は牧師館に間借りしている。ゴルフをしていたらとんでもないミスショット。ボールを探しに行くと瀕死の男性が倒れている。いまわのきわに語ったのはタイトルの言葉。転落事故で一件落着したが、事件の話を周囲に…

アガサ・クリスティ「ひらいたトランプ」(ハヤカワ文庫) 四人しか容疑者がいないのに全員犯人にはなりえない。多すぎる探偵が事件をひっかきまわす。

奇妙な大金持ちのシャイタナ氏はポアロに「生きた犯罪コレクションをみせましょう」と、自宅の(コントラクト・)ブリッジのパーティに招待した。二組(一組4人)のチームで徹夜でブリッジを遊ぶ。シャイタナ氏はゲームに加わらないで、ブランデーをたしな…

アガサ・クリスティ「殺人は癖になる」(創元推理文庫)「メソポタミアの殺人」「メソポタミア殺人事件」とも 舞台はシリア。イスラエル建国以前の中東はイギリス帝国主義支配下にあったので、白人には安全。

原題「Murder in Mesopotamia」1936年はハヤカワ文庫で「メソポタミアの殺人」、新潮文庫で「メソポタミア殺人事件」、創元推理文庫で「殺人は癖になる」。創元推理文庫は中盤で事件を担当することになったポワロの口に出した言葉から。そのときには予想され…

アガサ・クリスティ「そして誰もいなくなった」(ハヤカワポケットミステリ)-2 犯罪を放置できずに制裁を個人的に実行しようというのは「真犯人」の善ではあっても、社会の正義を実現したものとは思えない。

15年振りの再読。楽しんだ。前回の感想は、アガサ・クリスティ「そして誰もいなくなった」(ハヤカワポケットミステリ) 8人の老若男女がインディアン島に招かれる。屋敷があり、執事とコックの夫妻がいる。合計10人が島にいる。最初のディナーのあと、な…

アガサ・クリスティ「オリエント急行の殺人」(ハヤカワ文庫) この事件は西ヨーロッパがアメリカを象徴的に殺すことだったのかも。

西洋各国の鉄道路線を連結してヨーロッパを横断できる長距離列車にしようという構想で作られたのが、オリエント急行。就業は1883年にさかのぼるというからとても古い。最盛期はこの小説の書かれた1930年代だそうで、カレーないしパリからイスタンブールまで…

アガサ・クリスティ「マダム・ジゼル殺人事件」(新潮文庫)「大空の死」「雲をつかむ死」とも

原題「Death in the Clouds」は、創元推理文庫では「大空の死」、ハヤカワ文庫では「雲をつかむ死」、新潮文庫は「~~殺人事件」でまとめようとしたのかこのようなタイトル。cloudのダブルミーニングをどう汲むかがタイトルをつけるときのポイントになるが…

アガサ・クリスティ「三幕殺人事件」(新潮文庫)-2 この小説でクリスティはベストセラー作家になる。英米版で中身が異なったのは出版社の事情があった。

前回読んだとき(アガサ・クリスティ「三幕の悲劇」(創元推理文庫))、どうもよくわからない話だなあと思った。そこで、翻訳を変えて読むことにする。新潮文庫版を選ぶ。 だめだった。3分の2の直前の210ページあたりでギブアップ。サー・チャールズ(俳優…

アガサ・クリスティ「愛国殺人」(ハヤカワ文庫) Patriotic War 祖国戦争最中には、薄っぺらなネトウヨ(Alt-Right)がたくさんいたのだろう。

歯医者に行くのは憂鬱だ(と自分は思わないのだが。最近の歯科治療では痛みを感じることは少ないよ)と、ポワロは年二回の検診を受ける。愛想よく話をした歯科医師は、翌日自殺しているのが見つかった。当時(1941年初出)のイギリスではピストルの個人所有…

アガサ・クリスティ「NかMか」(ハヤカワ文庫) バトル・オブ・ブリテン真っ最中のスパイ摘発。排外主義とレイシズムが社会に蔓延して、リベラルも偏見から免れない。

トミーとタペンス物を読むのははこれが最初なので、過去の経歴や仕事はまるで知らない。スパイ・サスペンスは好みのジャンルではないので敬遠してきたが、ある評論家が全長編を読んでこれが最上等の傑作だといっているのを知ったので、入手した。 1940年。英…

アガサ・クリスティ「白昼の悪魔」(ハヤカワ文庫) 「運命の女(ファム・ファタール)」の周りに欲望と陰謀がうずまく。ポアロが仕掛けるコンゲームに注目。

西イングランドのスマグラース島。ここのジョリー・ロジャー・ホテルは有名ではないが、名ホテルとして知られている。満潮には孤立するので、海水浴場や海岸などに一日限りの観光客が来ることもあるが、ふだんはホテルの宿泊者だけしかこの島にはいない。193…

アガサ・クリスティ「ゼロ時間へ」(ハヤカワ文庫) 「殺人準備完了」までを描くミステリは作家と読者の信頼関係について重大な問題を提起している。

Toward Zero(原題。最初の邦訳タイトルは「殺人準備完了」だった。1950年代の探偵小説エッセイにはこの名で出てくる)の解説は福永武彦の「ソルトクリークの方へ@深夜の散歩」に尽きているので、それを読むのがよい。本書に収録されている(改版されたクリ…

アガサ・クリスティ「ヘラクレスの冒険」(ハヤカワ文庫)-1 1940年代の短編ミステリー。おしゃれで知的なポアロは上流階級だけを相手にする。

とても懐かしいのは、ハヤカワミステリー文庫が創刊されたとき、とても初期に刊行された一冊だということ。そのときはクイーンやカーに目が向いていたので、手が回らなかった(金がなかった)が気になっていた。40年たってようやく読む。 ことの起こり - For…

アガサ・クリスティ「ヘラクレスの冒険」(ハヤカワ文庫)-2 1940年代の短編ミステリー。12の冒険を終了したポワロは引退を撤回する。

2020/07/28 アガサ・クリスティ「ヘラクレスの冒険」(ハヤカワ文庫)-1 1947年の続き。後半。 クレタ島の雄牛 - The Cretan Bull(1939年) ・・・ 婚約者が突然婚約を破棄するといいだした。代々男に狂気が現れる呪われた一族だから。最近は悪夢を見て(凶…

アガサ・クリスティ「予告殺人」(ハヤカワ文庫) WW2の戦争体験と復興問題と移民増加が事件の背景。クリスティの傑作のひとつ。

イギリスのローカル新聞に「殺人お知らせ申し上げます」の広告が載った。現場となる家ではまるで思い当たらない。しかし当主である老女が落ち着いて、みんな好奇心いっぱいで来るだろうから、お茶と軽食の準備をしなさいと命じた(たぶんイギリスの家庭料理…

アガサ・クリスティ「葬儀を終えて」(ハヤカワ文庫) 額の大きな遺言状の存在で、生活無能者全員が嫌疑の対象。意外な動機と動機隠しがミソの秀作。

大富豪のアバネシー家の当主リチャードが亡くなった。葬儀を終えて、遺言状が公開されたとき、妹コーラが無邪気な顔で口走った。「だって、リチャードは殺されたんでしょう?」。その翌日、コーラはなたで頭を割られた惨死体となって殺された。遺言状の内容…

アガサ・クリスティ「ポケットにライ麦を」(ハヤカワ文庫) ミス・マープルは積極的にコミュニケートして相手のおしゃべりを引き出すカウンセラー。使用人の証言が大事になるのはWW2以後の社会を反映。

投資証券会社のオフィスで、社長が突然倒れた。このシチュエーションはクリスティには珍しいとおもったが、次の章ではロンドン郊外のアッパークラスの屋敷に切り替わり、物語のほとんどは屋敷の中で進む。1953年なのに、古めかしい意匠でした。 さて、投資証…

アガサ・クリスティ「死への旅」(ハヤカワ文庫) だれが同志でだれが敵かもわからないし、自分の行く先もわからない、女性のひとり旅。内面描写が多いシリアスな内容で異色。

邦題は内容に比べて大げさで、原題は「Destination Unknown」とクレジットされていて「先行き不明」のほうがストーリーにあっているとおもっていた。調べたらアメリカでのタイトルが「So Many Steps to Death」だったのね。アメリカのタイトルの軽薄さを踏襲…

アガサ・クリスティ「ヒッコリー・ロードの殺人」(ハヤカワ文庫) 世界各地から集まった学生たちむけの私設学生寮で起こる事件。プライベートな事柄が世界的な行動につながっている。

ポアロは秘書のミス・レモン(そんな人いたんだ! ちなみにこのころヘイスティングスとはしばらく会っていないとのこと)のミスに驚く。聞くと、姉が仕事をしている学生寮(主に学生を対象にした私設の賄付きの寮。大学が作ったのものではない)で窃盗が頻繁…

アガサ・クリスティ「死者のあやまち」(ハヤカワポケットミステリ) 貴族の生活はアップアップで北欧のヒッチハイカーが田舎をうろうろするイギリスの戦後復興期に起きた事件。タイトルのダブルミーニングに注目。

事務所で無聊を囲っているポアロのもとに電話がかかる。秘書のミス・レモン(「ヒッコリー・ロードの殺人」に登場)がとると、女声探偵作家のアリアドニ・オリヴァから「すぐ来て」とメッセージが入って、切れてしまう。ポワロはため息をついて、ロンドン近…

アガサ・クリスティ「無実はさいなむ」(ハヤカワ文庫) 古い殺人事件を再調査すると家族の不満と憎悪があぶりだされる。シリーズ探偵がいないから関係者の心理描写が充実する。

田舎の資産家アージル家では2年前に殺人事件が起きていた。慈善事業家で莫大な資産をもつレイチェル夫人が息子と言い争いをした直後に殺されたのだった。言い争いをした息子が犯人ということになり、事件は解決し、息子は獄中で病死した。あるとき、アージル…

アガサ・クリスティ「カリブ海の秘密」(ハヤカワ文庫) ミス・マープルは世界のどこでもイギリス人コミュニティに入っていける。ポワロは紹介する人がいないと入れない。

リューマチの痛みがあるマープルに甥のレイモンドがカリブ海の島で過ごす休暇をプレゼントした。あいにく、カリブ海の気候はあまりマープルにはふさわしくない。それにイギリス人夫婦の経営するゴールデン・バーム・ホテルの宿泊人も退屈だった(経営者のせ…

アガサ・クリスティ「バートラムホテルにて」(ハヤカワ文庫) ホテルの宿泊者による4つの物語が同時進行。どれが本筋でしょう? 

初出の1965年といえば、ル・コルビュジェ風のモダニズム建築が最盛期。新築のビルは箱の組み合わせで装飾がない。機能的であることを徹底して、建築作業を合理化することが新しい人間と資本主義に合うという考えになるのか。そういう建物はこの国でも同じ時…

アガサ・クリスティ「第三の女」(ハヤカワ文庫) third girlはみそっかす、そこにいない女の子くらいの意味。ポワロは足を使った捜査はできないので、高齢のアリアドネに任せるしかない。

ポワロを訪れたのは、心ここにあらずというようなぼんやりした若い娘。「あたしは殺人をしたのかもしれない」といって、何も相談せずに出て行ってしまった。この娘を、ポワロの友人のアリアドニ・オリヴァが知っていた。なのでポワロは気になり、娘の両親や…