odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

柴谷篤弘/藤岡喜愛「分子から精神へ」(朝日出版社) 今西錦司の薫陶を受けた生物学者と心理学者の対談。基礎知識もあいまいな「専門家」の妄言。

 自分は心理学のよい勉強家ではない。新書を10冊くらいと岸田秀秋山さと子らの通俗解説書とフロイトの「精神分析入門」とラカンの一冊くらいなものだ。なので、藤岡喜愛がロールシャッハテストの話をしてもさっぱりわからない。あと柴谷によると、今西錦司が自分の考えをきっちり受け継いでいる唯一の人物は藤岡喜愛だといった(柴谷篤弘「今西進化論批判試論」朝日出版社)。となると、この対談(久しぶりにこの国に戻ってきた柴谷が1979年に行ったもの)は、今西進化論批判をモチーフにしている。あいにく話題には出てこない(藤岡の主張の背後にちらちらと見え隠れしている)。

 さて、前半は藤岡が柴谷に分子生物学批判の話をきいている。藤岡は京都大学で植物学を学んだ(その過程で今西錦司の薫陶を受ける)のち、人類学その他さまざまな学問(自然科学から逸脱していく)の研究をしていき、この当時は心理学者・精神分析医のところにいたらしい。愕然とするのは、そのような藤岡でありながら1970年代の高校教科書程度の生物学の知識を持っていないということだ。したがって、この二人の対談は自分にはデジャ・ブーであって、時間はのちになる今西錦司/柴谷篤弘の「進化論は進化する」を再読するようなもの。なにしろ、セントラルドグマ(DNA→RNAたんぱく質)の理解もあいまいであれば、形質の遺伝とたんぱく質の合成をごっちゃにし、遺伝子の突然変異と種の変化(進化)の違いを分かっていないという次第。以前自分が今西の本を読んだときの感想(今西はタイムスケールを誤解しているようだし、環境の変化を過少に評価しているのではないか、あわせて定住と移動の頻度も過小評価しているのではないか)を再確認する内容だった。
 後半は、柴谷が藤岡に人間の心理について尋ねる。藤岡のいうのは、ロールシャッハテストのさまざまな臨床経験から、無意識に患者のパーソナリティを把握できるとか、呼吸法や体操などの身体活動を行うことで宗教的な体験をすることができるとか、イメージ連想を患者に行うことにってノイローゼの治癒効果が現れるとか、そういうことだ。彼の個人的な臨床体験を補完するのがカルロス・カスタネダとか野口整体とか桜沢如一マクロビオティックとか、そんなこと。でもって、身体訓練から宗教的な体験をするのもいいよと薦めるのだが、対談の15年後にある宗教団体がしでかしたことを思い出すと、すこしばかりのんきであったということになる。藤岡の主著とされる「イメージと人間」NHKブックスを読んだことがあるが、内容はさっぱり覚えていない。
 なるほど還元主義には問題があるのは理解できるとはいえ、安易に全体主義(ホーリズム)や神秘主義に飛びつくのもよくない、ということがよく分かる。このあとの1980年代には、藤岡に限らずホーリズムを主張する生物学者がいろいろいたなあ、と遠い眼をすることにしよう。その安易さのつけは1990年代に支払うことになったのだ。柴谷の主張は、他の本で補完すればよい(柴谷の分子生物学批判は「日本人と生物学」「構造主義生物学原論」のほうが論理的)。

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