odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

大町陽一郎「楽譜の余白にちょっと」(新潮文庫)

 著者は1931年生まれ。戦後芸大に入学。同期が岩城宏之山本直純、大賀則雄。すぐにウィーンの音楽大学指揮科に入学。同期にはズービン・メータがいた。先生はスワロフスキーになるのかな。また同じころにヴィオラの土屋邦雄も留学中(のちに日本人初のベルリン・フィル団員となる)。卒業後はヨーロッパに残って、ベームカラヤンのレッスンを受ける。そのために、1957年ウィーン・フィル、1959年ベルリン・フィルの来日の際に帯同した。あいにく凱旋公演というのはなかったとみえる。このときから東京フィルハーモニーとの縁ができ、主席指揮者になる。主な活動はヨーロッパのウィーン周辺。1970年代にはウィーン歌劇場の招きで「蝶々夫人」を指揮する機会を持った(日本人指揮者の初登場)。この本からわかる経歴情報はこのくらい。1981年出版、1985年文庫化なので、まだ経歴は途中。
 ベームカラヤンの薫陶をえたので、オペラが振れて一人前の指揮者、という意識をもっている。そしてドイツの地方歌劇場の副指揮者(という名前の何でも屋)の地位を得て、経験をつんでいるようだ。その点は、岩城宏之小澤征爾と異なっているところであり、音楽の説明のしかたが異なっているところ。この本でも、オペラ指揮者として、「指揮者とは何か」を説明している。コンサート指揮者との違いは、頼まれたらリハーサル無しでも本番を振れるようになるべしとか、歌手の気分にあわせて臨機応変に音楽に変化をもたらすようにしなさいとか、楽団員との意思疎通をしっかりできるようにならないとダメとか、劇場の裏方の仕事をよく知っていないといけないとか、こんな具合。ここらは岩城宏之フルトヴェングラーなどは書かないこと。
 もうひとつこの本で読み出のあるのが、クナッパーツブッシュやシュミット=イッセルシュテットなどの巨匠のポートレイト。巨大レコード産業の隙間に埋もれてスターになれなかった(しかしカルト的な人気は非常に高い)人との会話や練習風景などを書いている。これらの人は来日することがなかったので、著者の証言は非常に貴重。とくにクナッパーツブッシュの話が面白い。
 さて、この人の音楽はというと聴いた記憶がほとんどない。ヨーロッパが主要な活動場所で、レコードがでることがまずなかった。もしかしたら1970年代の「オーケストラがやってきた」「題名のない音楽会」に登場したことがあるかもしれないが、記憶がない。その後の活動も知らない。失礼。