いくつか。
・マルクスの有名な言葉に「宗教は阿片である」というのがあるが、いまだに原文に遭遇しない(『ヘーゲル法哲学批判序論』にあるとのこと)。このドイデで宗教に触れていたところを見ると、マルクスは宗教全般を完全否定したのではなくて、国家が宗教を基礎に置いている(君主の絶対権は神から神授されたとか、宗教家が行政を行うとか)を批判しているだけと思う。当時のドイツの国家がそういう君主国だったということと、ヘーゲルの国家がそういうものを想定していたことに注意。(ここはハンナ・アーレント「革命について」を参照すること)
〈追記2023/8/18〉 ドイツの国家と宗教の関係は以下を参照。
2022/03/30 深井智朗「プロテスタンティズム」(中公新書)-1 2017年
2022/03/29 深井智朗「プロテスタンティズム」(中公新書)-2 2017年
・唯物論というのはよく理解していないのだが、よく非難を浴びることがある。でもこの本に「生活は意識を規定する」という言葉があるように、マルクスは意識や心的現象を否定しているわけではない。ただし、マルクスは「霊的なもの」には言及していない。だって世界は心身で説明がつくのだからね(あるいはそれだけで説明しようとしているのが、哲学や科学)。
・マルクスが祖国喪失者=亡命家であることは重要なことだと思う。国家、民族から疎外されて、それらを援助や観念の根拠にすることができなかった。そういう人の思考であることに注意。ヘーゲルみたいな国家は大事、民族は重要、という思想からは遠いところにある。共産党宣言の結尾「万国の労働者よ、団結せよ」で国家も民族も揚期しようとしているのだ。
・「交通」という概念はとても幅広いものを含む。単純に、ひとやものの移動というわけではなく、情報の交換、商品の売買そのたの人間の関係全体を含むものとしている。ここではあまり強調されていないが、「交通」は共同体と共同体の間で起こることのほうが影響が大きい。
・「疎外」という概念が登場する。吉本隆明[マルクス」光文社文庫によると、疎外は生活(この本を読むと「共同体」というより生活のほうが実体験にしっくりくる)から宗教・国家・資本・自然が離れて本来的なあり方でなくなったことをいう。ここで「疎外」とはどういうことかを理解するのは難しいのだけど、「ドイデ」からインスパイアされた考えをいうと、疎外というのは生活において持っていた「知」が、奪われていることのようだ。超越的な観念や死の観念が生活から離れて宗教(組織)に占有され、生活の問題を判断したり改善するプロセスを検討する「知」が国家に占有され、労働や生産にかかわる「知」が資本に占有されていく。経済の発展や国家の組織化はそういう過程を含んでいるのだろう。その結果、生活では知を共有することができなくなり、継承することができなくなり、知は消えていく。宗教・国家・資本が組織化されていくと、生活の場において、人は無知であっても困らなくなり(死のことを考えなくても葬式をだせるし、共同体に背叛する行動をとるものがいても国家が取り締まるし、仕事のやりかたも会社にマニュアルがあるし、自分で工夫したり考えたりしなくても大丈夫!)、しかも無知であることに困らない状態になっていく。国家や資本など大きくなるほど、生活の知は消失していき、生活とそこにある個人は無知になっていく。
そういうふうに考えると、「疎外」というのは、あるべき姿・ありえた姿(自然状態とか始原とか)から離れてしまった状態であるとか、あるべき姿・ありえた姿を回復するという運動であるとかとは別だと考えたほうがいい。そうではなくて、国家・資本・宗教など生活から離れて巨大化したシステムになる、生活やそこの場所にある知が「貧」しくなっている状態なんだ、決定権をもたないとか、選択肢を限定されてしまうとか、贈与の関係が失われて商業か収奪と再分配しかないとか、共同の扶助行為がなくなるとか、他者への配慮や尊敬を失うとか、そういう状態のことをいうのではないかしらん。
・最後の文章は有名な「哲学者は世界を解釈してきた。しかし大事なのは変革することである」というもの。これを根拠に1960年代の青年は学園紛争に邁進することになった。しかし、「ドイデ」においてマルクスは徹頭徹尾哲学者として語っている。運動へのアジテーターではない。というわけで、この文章は哲学者による「世界の変革」とは何かということだ。となると、柄谷行人のいうように、世界の解釈を転倒させることだ、と思う。
・重要なのは最初の50ページ。そのあとの経済史はヒックス「経済史の理論」で補完しておくこと。
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細かいことになるが、1970年代あたりからマルクス・エンゲルスのテキストクリティックが行われるようになった。それまでソ連共産党の影響のもとで、全集がでていたけど、ひどい改竄があったらしい。一方、マルクスは悪筆で有名。この「ドイツ・イデオロギー」もマルクスが書き、エンゲルスが修正し、さらにマルクスが手を入れるという具合の合作活動であり、文字が判読しがたいとか、どこに追加される文章かわからないなどということになっていたという。自筆ファクシミリを使って原典を再構築しようという研究があって、岩波文庫で新訂版がでた。古本屋を探すと廣松渉の新訂版と古在由重の旧訳の二つを入手できる、かもしれない。自分は両方手に入れたけど、特に薦めるわけではない。