odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ジュール・ヴァレース「パリ・コミューン」(中央公論社)-1

 そういえば19世紀後半のフランスを知らないなあ、大仏次郎の「パリ燃ゆ」も読んでいねえなあ、ということでタイトル買いした一冊。1965年初版の中央公論社版「世界の文学」の第25巻。その後、この小説は復刻された様子がないので、読むにはこの本を入手しなければならない。さて、そこまでするだけの価値があるかというと、う〜ん、どうも。
 まず著者について。1832年生まれ。父は中学校の「自習監督(年譜による。どういう職業なのか?)」で、頻繁に引越しをしていた。彼の不幸は、厳格な父親と短気な母のために、家庭内で暴力を受けることが日常茶飯事であったこと。長じて学校に行くもののそこでも厳格で規律を求める授業を受ける。彼自身を含め、暴力を受ける。それがあってか、彼はとても反抗的、しかも成績優秀だったらしいから、授業でも教師たちをやりこめることがあり、それがまた暴力を誘発した。このあたりの家庭と学校の様子は小説の前半「生い立ち」で詳述される。あいにく、自分は子供がいじめられる話が苦手で、この部分はすっとばした。同じ理由でルナール「にんじん」、ヘッセ「車輪の下」はいまだに読んでいないし、これからも読む予定はない。

 彼に決定的な衝撃を与えたのは、1848年の2月革命。このとき著者はナントにいたので、パリの蜂起と虐殺は見聞していない。17歳のときエコール・ノルマル入学準備のためにパリに上京。そのとき1849年。騒然としたパリで著者は政治運動に熱心だった。父に呼び戻され、精神病院に6週間監禁されるという仕打ちを受ける。事情はよくわからないが、親類の遺産が彼に入り、親と別れて再びパリに戻る。このとき20歳。
 「生い立ち」によると、ここでも親と喧嘩をしているらしい。ともあれ、20歳を前にして両親とは絶縁し、以後は一人で生きることになる。子供に介入しすぎる親と抑圧された子供の確執はいまでもよくあることらしく、その苦しみはネットで読むことがある。なるほど著者のように、早く親から離れて独居するのが、問題を深刻化しない方法になるのだろうなあ。あんまり親と子の関係を強くするような仕組みにすると、不幸から抜け出せない人を増やすことになるように思うのだが。
 以後は貧困生活を送る。売文で生活をしようとするもほぼ無視される。教員や公務員など職を転々。バルザックに関する講演が問題になり、馘首される。以後はフリーのジャーナリスト。小説も書くが評価されず。その一方で政治運動にも参加(立ち位置が書かれていないので、どういう組織とかかわったのかは不明)。コミューン委員にもなったり。まあ貧しい生活と強い自尊心に挟まれて、なんとも不格好な生き方をしていたわけだ。この小説の6割はここまでの半生が。彼にとっては重要な出来事なのかもしれないが、ルサンチマン丸出しの一人称の文章を読むのは大変。この人は他の人の立場でものを見るとか、他の人の意見を考慮するということがないからね。小説の奥行きがまるでなくて、彼の憤りや不幸に共感できないのだ。
 転機になるのは、1870年の普仏戦争から。著者はブランキ派に所属し、翌年のパリ市民の決起に参加。それまでの経歴でコミューン委員に選出。5月の市民蜂起では、政治委員を務めるも、ヴェルサイユ軍の攻撃で「パリ・コミューン」壊滅後にロンドンに亡命。このとき40歳。8年後コミューン関係者の恩赦がでて、パリに戻る。1885年、糖尿病で死去。享年51歳。


 「パリ・コミューン」の第1部が「子ども」のタイトルで文庫化されていた。

  

 後半のパリ蜂起のことはこちらで。
2014/11/20 ジュール・ヴァレース「パリ・コミューン」(中央公論社)-2