odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

佐々木信綱選「定家歌集」(やまとうたeブックス) 定家が景色を読むと、人の存在が消える。個々人のアクションや声が消え、いつか消えるものとしての無常や諦念などの気分だけが漂う。

 堀田善衛は戦時中に日本がもっとも乱れた時代を調べることを思い立ち、それは1200年前後の武家政権ができ内紛が絶えなかった時代とみなした。その時代のできごとを書き連ね、とくに政治権力から遠いところにいるが政治をよく見ていた知識人のありかたを考えた。この問題意識は戦後も継続し、藤原定家と鴨長明に焦点を当てた本を書くに至った。
2016/04/15 堀田善衛「定家明月記私抄」(ちくま学芸文庫) 1986年
2016/04/14 堀田善衛「定家明月記私抄 続編」(ちくま学芸文庫) 1988年
2016/04/18 堀田善衛「方丈記私記」(新潮文庫) 1971年

 藤原定家はよく知らないので、佐々木信綱選「定家歌集」を読む。これは明治40年12月に出版されたもの。21世紀に現代の出版社が復刻した。出版社による内容の説明。

第1部は定家の生涯、歌人・学者としての功績、歌の特色などを簡潔に論じた評伝「藤原定家」。
第2部は主に『明月記』の引用から成る詳細な「定家年譜」。そして第3部が定家の秀歌撰(注:生涯に1000首以上を読んだなかから337首を選んだ)となっています。
 定家は1162年生まれ1241年没。細かい生涯は上記「定家明月記私抄」を参照してください。重要そうなところを抜き書きすると、24歳で平家滅亡、58歳で実朝暗殺(定家は実朝を高く買っていた)、60歳で承久の乱。そこに寒冷期が起きて全国的に凶作続き、京では大風・大火事・地震があってなんども瓦礫になった。治安も乱れ強盗・追剝・山賊が跳梁跋扈し、遊妓があちこちの小屋に住まう。なるほど乱世。でも定家は頼朝挙兵の報を聞いた19歳に「紅旗征戎(こうきせいじゅう)吾が事に非ず」に書きつける。そこに堀田は定家に芸術至上主義を見出すが、俺からすると宮廷の仕事は政治=祭祀と儀式にあるという定家の仕事観をみる。地上のことは下々にまかせ(定家は中級くらいの貴族)、天上のことに専念するべきであるという心意気なのだ。
(また平家や源家が征夷大将軍に任ぜられ幕府を開くのは、宮廷の政治のうち治安や裁判などの機能を武家貴族に移譲することであった。宮廷の権威が失われたわけではない。それに祭祀と儀式のほかに、官位の任命権は宮廷にあったので、武家政権は格下の行政組織に過ぎないとみなしていた。当時は宮廷や貴族は荘園からの収入があったので自立した存在であり得た。それが宮廷の収入を幕府に頼るようになったのは南北朝の終わりころから。宮廷の意識や立場が変わるのはこのころ)。
 そのような乱世ではあるが、驚くべきことに和歌に関しては偉才・奇才・名人が続出した。勅撰和歌集がいくつも編纂され、その芸術的な高みは傑出した。それこそ万葉集に編まれる歌が作られた7世紀と古今集に編まれる歌が作られた9世紀とこの時代となる。以後は和歌は振るわない(ふるわないから15世紀頃から連歌という集団芸術・パフォーマンスに移行)。
 異彩を放った数々の歌人のなかで傑出したのは藤原定家。佐々木信綱がここで詳しく論じている。定家の歌は、幽遠、流麗、幽玄。技巧に関しては「種々の複雑し屈折せる句法の多きことなり。名詞どめ、懸詞、縁語、重語、倒置法、本歌取などの多きもこの為なり」。どの技法も定家が初めてではないけど、とてもうまく使った人。でも、巧緻すぎて難解。ときにフランスの一派である象徴詩に近づく(明治40年当時、フランス象徴詩は一世を風靡。すでに情報は届いていたと見える)。この人は西行と違って旅をしない。自分の観察や体験で読まないで、技巧や空想で読む。また定家はプライドが高く他人と協調しない。ときにバカにする。人間は複雑。
(定家は歌人で優秀なだけでなく、筆まめで、歌論を書き、日記を半世紀以上記し、古書を筆写した。そのおかげで日記から当時のできごとがよくわかり、第一級の歴史資料となり、彼の筆写によって古典が生きながらえた。こちらにも感謝。俺からするとこっちの方の功績が大と思える。)
 さて、ものすごい勢いで300余首を読んだ。だれもが選ぶようないくつかを引用。

春の夜のゆめのうき橋とだえして嶺に別るゝ横雲の空
見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕ぐれ

 見事。としか言いようのない句。この人の好きなのは春の霞、花が散る、春の風、秋の夕霧、月の影、夢など。霞や霧や雲などでぼやけて曖昧模糊とした情景になにか一つが目立っている。一句の中で時間が流れている。万葉集などの句ではある決定的瞬間を切り取ったショート動画を見ているような感じ。定家は細切れ撮影で長時間を圧縮したタイムラプスを見ている感じ。タイムラプスでは素早く動くものは消えてしまう。そのせいか、定家が景色を読むと、人の存在が消える。個々人のアクションや声が消え、いつか消えるものとしての無常や諦念などの気分だけが漂う。その気分の持主の存在はないか、霞や霧の淡いに隠される。
 ときに個人的な感情を読む句もある。こんなの。

いかなりし世々の報のつらさにてこの年月によわらざるらむ
あふげどもこたへぬ空の青みどりむなしくはてぬ行末もがな

 当時の末世思想の影響かしら。堀田善衛がみたような乱世を生きた気分かしら。言葉を連ねていってある世界を描きながら、最後にそれは全部ない、あるのは闇とか無とかだけという。高揚させない、気持ちよくさせない。聞き手や読み手の期待を肩透かしにする。1200年前後に定家らが作った和歌の気分はたぶんその後にも継続したのではないかしら。この時代の人びとが中世から近世にかけての日本文学の流れを作った、と妄想。
 堀田善衛は「定家はすごいんだけど、これは傑作という歌を見出すことができない(超訳)」といっていた。それはわかる。

 

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