odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2011-01-01から1年間の記事一覧

ノーマン・メイラー「鹿の園」(新潮文庫) マッカーシズム時代の戦後アメリカを舞台にした自我の目覚めの物語

世間に無知な青年が都会に来て、次第に社会知と自我に目覚めていくという話は、一般的だ。「赤と黒」「三四郎」などを持ち出したいように、無垢な青年の目が社会の批評になっているという構図を作ることになるから。この小説は、戦後アメリカを舞台にしたそ…

ヘンリー・ミラー「南回帰線」(新潮文庫) 「事実は重要ではない、真実が重要なのだ」と語り、真実らしきことの周辺をたゆたう。

世界文学史年表にのっていたミラーの「北回帰線」を読んだのは高校2年のときだったが、何を読み取ったのだろうか。今回同様に最初のページから最後のページまで活字をトレースしていったことに過ぎなかったのだろう。 (脱線するが、文学に興味をもったとき、…

アーネスト・ヘミングウェイ「危険な夏」(角川文庫) フランコ政権下の闘牛見物旅行とスペイン市民戦争の記録と記憶

ヘミングウェイは最晩年に、雑誌ライフの後援を得て(かどうかはわからないが)、スペインを訪れることになった。作者は市民戦争時代の元義勇兵であるものの、その数年前にノーベル文学賞を受賞したというのであれば、軍事政権も門戸を開かぬわけにもいくま…

アーネスト・ヘミングウェイ「移動祝祭日」(岩波書店) 1920年代のドル高フラン安はアメリカの若者をパリに引き寄せた。軽薄で刹那な暮らしを老人になってから懐かしむ。

「「パリは移動祝祭日だ」という言葉で始まる本書を1960年に完成し,ヘミングウェイは逝った.「20年代のパリ」を背景に,スタイン,フィッツジェラルド,パウンド,ジョイスら「失われた世代」の青春を回想した不朽の名作.」 1961年に自殺した後に発表され…

アーネスト・ヘミングウェイ「われらの時代に」(福武文庫) 1920年代ロスト・ジェネレーションの孤立と放浪。食描写はぴか一。

「第一次世界大戦に席捲され、暴力と死の翳におおわれた「われらの時代」の行き場のない不安と焦躁、そこからの脱出の苦闘を、日常生活の断片のスケッチによって描き上げた初期傑作短篇集。ドス・パソス、F.S.フィッツジェラルド、フォークナーら「失われた…

ジョン・ガルブレイス「不確実性の時代」(TBSブリタニカ) 1970年代に制作されたTV番組に基づく経済史と経済学史、政治経済学と政治史のよい教科書。

以前読んだとき(講談社文庫)は、なんだマルクス経済学の評価が低いじゃないか、世界の不確実性とその克服のことを書いていないじゃないか、と厨房丸出しの感想だった。まだ、1989年を迎えていないし、たとえばポーランドの連帯活動や西側世界の反核運動に…

藤原帰一「デモクラシーの帝国」(岩波新書) 2001年911からアメリカが独断的に国際政治に介入し、世界を指導するという図式に変わった。

1989年の東欧革命で自由主義国家と社会主義国家の対立がなくなった。一時期は国際連合のような国家間の利害調整機能が働くかに思えたが、2001年9月11日のテロののち、アメリカが独断的に国際政治に介入し、世界を指導するという図式に変わった。このようなア…

松本清張「日本の黒い霧」(文春文庫) GHQの内部資料がほとんど公開されていなかった時代の「権力は怖いがスパイに気をつけろ」というGHQ陰謀論。

1950年前後の占領統治下にあった日本の奇怪な事件をレポートした著作。下山事件、帝銀事件、伊藤律の除名、松山事件、朝鮮戦争の勃発など。多くの場合、GHQの陰謀があるのではないか、GHQ内のG2(参謀部)とGC(民政局)の確執に原因があるのではないか、と…

明石散人「七つの金印 」(講談社文庫) 「知の巨人」は陰謀論とアカデミズム批判が大好き。他人が誤っていることは自分が正しい理由にならない。

「志賀島の「漢委奴国王」の金印。福岡藩の学者亀井南冥は、明らかに異例な第二の藩校を金印発見と同じ月に開校する。発見に関わった人達が全て南冥と繋がりのある不思議。発見日の記載がない鑑定書。国宝金印は本物なのか?歴史をつくり出す者、謎を解き明か…

長山靖生「偽史冒険世界」(ちくま文庫) 21世紀の陰謀論や歴映捏造は20世紀前半からあった。

われわれの世界認識の方法はたいてい文書や文字によって作られて(なにしろ子供のころの体験だけでは世界の全体を把握することができず、そのような見取り図が簡単に手に入るのは書物なのだから)、たいてい理想主義的なエートスがあり、現実との葛藤におい…

柳広司「贋作『坊っちゃん』殺人事件 」(集英社文庫) 夏目漱石「坊ちゃん」の続編にして、本編の再解釈。1903年日露戦争は日本の国民国家をどう変えたか。

「教師を辞め東京に戻って三年、街鉄の技手になっていたおれのところに山嵐が訪ねてきた。赤シャツが首をくくったという。四国の中学で赤シャツは教頭、山嵐はいかつい数学の教師の同僚だった。「あいつは本当に自殺したのか」を山嵐は殺人事件をほのめかす…

夏目漱石「坊ちゃん」(青空文庫) 信頼できない語り手のレポートは不可解なことだらけ。

ボランティアの手によって、著作権の切れた小説をネットで読むことができる。それを携帯電話で読むことができるのだから、世の中の進化はたいしたもの。いずれ書籍という形式はなくなり、デジタルディバイスに変わるのだろう。フェティシズムからすると残念…

澤木喬「いざ言問はむ都鳥」(創元推理文庫) 見事な観察力をもつがミステリには魔の抜けているワトソン役の一人称独白の探偵小説。

「若葉萌す春、緑なす夏、紅葉の秋、枯槁の冬……そして新生の春。植物学者は四時とりどりに忙しい。その生活に重ね合わせて、あるいは花占いの果てとも見える場景に犯罪を匂わせ、あるいは自殺志願者が遺体発見を遅らせたがった理由に植物学的考察を試みる。…

倉知淳「星降り山荘の殺人」(講談社文庫) 「吹雪の山荘」ものはたいていの思いつきはすでに書かれていて、新しい趣向を見つけることが難しい。よく健闘している異色作。

「雪に閉ざされた山荘。そこは当然、交通が遮断され、電気も電話も通じていない世界。集まるのはUFO研究家など一癖も二癖もある人物達。突如、発生する殺人事件。そして、「スターウォッチャー」星園詩郎の華麗なる推理。あくまでもフェアに、真正面から「本…

森博嗣「冷たい密室と博士たち」(講談社文庫) 理系の大学生を主人公にした作者と出版社のマーケティングが成功した小説。

「同僚の喜多助教授の誘いで、N大学工学部の低温度実験室を尋ねた犀川助教授と、西之園萌絵の師弟の前でまたも、不可思議な殺人事件が起こった。衆人環視の実験室の中で、男女2名の院生が死体となって発見されたのだ。完全密室のなかに、殺人者はどうやって…

黒崎緑「しゃべくり探偵の四季」(創元推理文庫) 「しゃべくり」漫談というダイアログによるミステリは限定された語り手の枠を破る試み。成果はまだまだだがもっと実験があっていい。

「和戸君一家に降って湧いた騒動を見事収拾、保住君の新学期は好調な滑り出し。歌って踊れる名探偵とばかりギター片手に謎を解き、夏休みは珊瑚礁で魚と戯れ、また上高地の涼風に吹かれつつ事件の真相を看破する。馴染みの床屋や大学祭の模擬店で推理を聞か…

鯨統一郎「9つの殺人メルヘン」(光文社文庫) グリム童話の新解釈は中学生が読んだら驚天動地で、周囲の友人に吹聴できそう。

飲み屋にかよう中年(厄年トリオと呼んでいる)。その中に現職の刑事がいて、行き詰った事件の愚痴をこぼす。そこには、メルフェンとたぶん精神分析を学ぶ女子大生がいて(彼女の描き方は中年男の欲望のままだ、美貌の持ち主で、聡明で、感じのよい、人づき…

奥泉光「グランド・ミステリー 上下」(角川文庫) 錯綜した物語は、登場する人物にはまったく全体像を把握することが不可能。SFでもミステリーでも風俗小説でもある摩訶不思議な小説ジャンル。

物語は真珠湾攻撃準備で太平洋を渡航中の空母から始まる。第1次攻撃に向かった艦爆機が帰還すると操縦手が服毒死している。その直前には機体整備の兵士が理由なく失踪している。また潜水艦では決死の小型潜水艦による真珠湾攻撃準備中、潜水中の艦内で重要書…

芦辺 拓「和時計の館の殺人」(光文社文庫) 平成ミステリーは趣向が盛りだくさんにしないといけないので作家も大変。

「田舎町の旧家・天知家で遺言が公開された夜、事件は起こった!一人、また一人と凶行に倒れる相続人たち―。遺言の内容は決して殺人を引き起こすようなものとは思えなかったのだが…。弁護士・森江春策が、連続殺人事件の深層に切り込んでゆく!屋敷を埋め尽く…

芦原すなお「ミミズクとオリーブ」(創元推理文庫) 家庭に事件が持ち込まれる平成の安楽椅子探偵は夫婦で解決する。

「美味しい郷土料理を給仕しながら、夫の友人が持ち込んだ問題を次々と解決してしまう新しい型の安楽椅子探偵――八王子の郊外に住む作家の奥さんが、その名探偵だ。優れた人間観察から生まれる名推理、それに勝るとも劣らない、美味しそうな手料理の数数。随…

森雅裕「モーツァルトは子守唄を歌わない」(講談社文庫) ベートーヴェンとチェルニーを主人公に、ナポレオン侵攻とウィーン会議に揺れる時代を舞台にしたライト・ハードボイルド。

「1781年、ウィーンで作曲家モーツァルトが死ぬ。1809年6月、作曲家ベートーヴェンは訪れた楽譜屋で、モーツァルトの娘と噂されるシレーネと出会う。彼女は、自分の父が作曲した子守唄を、モーツァルトの作品として出版した楽譜屋に、抗議しに来ていた。とこ…

森雅裕「ベートーヴェンな憂鬱症」(講談社文庫) あの陰鬱キャラのベートーヴェンが弟子のチェルニーを掛け合い漫才しながら事件を解決。

収録されているのは4編。 1.ピアニストを台所へ入れるな・・・ベートーヴェンの部屋でピアニストが死んだ。彼の断末魔の叫びはアパート中に響き渡った。「よくもやったな!ベートーヴェン!」。状況証拠から冤罪を被るベートーヴェン。そこへ死んだピアニ…

吉村達也「トリック狂殺人事件」(角川文庫) 江戸川乱歩が「閉ざされた山荘」テーマで小説を書いたらこうなるだろうな

「警視庁捜査一課の烏丸ひろみに届いた招待状。差出人は《トリック卿》。招かれたのはひろみを除いて、すべて大ウソつきの男と女。場所は雪深い山奥の《うそつき荘》。そこで出されるクイズをすべて解くと賞金はなんと6億円。しかし、ゲームに参加した7人…

山田正紀「蜃気楼・13の殺人」(光文社文庫) 村に移住してきた探偵はコミュニケーションがうまくいかない。一時的滞在の旅人が探偵だったら、胸襟を開くのに。

「栗谷村の村おこしマラソン大会の最中、忽然とランナー十三人が消えた!戦国時代の山城・十三曲坂を使った十キロのコースは、途中で抜け出ることのできない、いわば大密室…。後日、消えたランナーの一人が、木に突き刺さった無惨な姿で発見された。奇妙なこ…

竹本健治「匣の中の失楽」(講談社文庫)

これで3度目か4度目かの再読。 この迷宮めいた小説を少し変わった観点からサマリーをかいてみよう。すなわち、序章はたぶん一般的な小説であるとして、ミステリー愛好家の大学生とその周辺の仲間(計12人)のひとりが7月14日の盛夏に密室で刺殺された、とい…

竹本健治「凶区の爪」(光文社文庫)

季節の変わり目のせいか体調不良で集中力が切れていて、読書が進まない。気軽に読めると思って購入。 「会津地方一の名家・四条家で惨劇が起きた。―17歳で史上最年少の囲碁・本因坊となった牧場智久たちが、四条家に招かれた翌朝だった。蔵の白壁に首なしの…

赤川次郎「幽霊列車」(文春文庫) 作家の出世作。岡本喜八監督のテレビドラマのほうが印象深い。

「とある温泉町で列車に乗った7人が忽然と姿を消すと言う事件が起きた。宇野警部は休暇も兼ねて捜査に赴いた温泉で、女子大生の夕子に出会う。事件に興味を持った夕子は、宇野の姪と言う事で一緒に捜査に乗り出す。非協力的な村人達の中で、唯一協力的な健吉…

島田荘司「切り裂きジャック・百年の孤独」(集英社文庫) 壁崩壊前のベルリンは猥雑で危険でアナーキーな魔窟のよう

「1988年、西ベルリンで起きた謎の連続殺人。五人の娼婦たちは頸動脈を掻き切られ、腹部を裂かれ、内臓を引き出されて惨殺された。19世紀末のロンドンを恐怖の底に陥れた“切り裂きジャック”が、百年後のベルリンに甦ったのか?世界犯罪史上最大の謎「…

平石貴樹「だれもがポオを愛していた」(集英社文庫) ライト・ハードボイルドの文体で、カーの事件を物語る。巻末の「アッシャー家の崩壊」を犯罪小説とする読み替えエッセーは見事。

「米国ボルティモア市郊外で日系人兄妹の住むアシヤ屋敷が爆破された。直前にかかった予告電話どおり、『アッシャー家の崩壊』そのままに幕を開けた事件は、つづく『ベレニス』『黒猫』に見立てた死体の発見を受けていよいよ混沌とするが……。デュパンの直系…

筒井康隆「ロートレック荘事件」(新潮文庫)

ああ、なんともすれちまったなあ。これほどの年期をかけてミステリを読んできたおかげで、始まりの二つの章を読んだところで、仕掛けの見当がだいたいついてしまった。多くの人が「驚愕」のという解決もそのときに思いついたことの範疇に収まってしまった。 …