odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2013-01-01から1年間の記事一覧

レイ・ブラッドベリ「悪夢のカーニバル」(徳間文庫) 習作時代の短編集。センチメンタリズムとリリカルな抒情性。

1984年出版の短編集。1920年生まれのブラッドベリ雌伏の時代で、片端から書き飛ばしたもの。ここでは犯罪、サスペンス、ホラー小説を収録。作者24-28歳の若書き。この時代、作家は年長の女性SF作家リー・ブラケットの指導を受けて、たくさんの短編をパルプ・…

なだいなだ「権威と権力」(岩波新書) 1974年当時の「いうことをきかせる原理・きく原理」。

サブタイトルが「いうことをきかせる原理・きく原理」となっていて、もしかしたらこちらのほうが主題をよくあらわしている。「権威と権力」というタイトルであっても、予想するような権威と権力の定義を明らかにすることはしていない。むしろ、われわれはい…

トマス・フラナガン「アデスタを吹く冷たい風」(ハヤカワポケットミステリ)

トマス・フラナガンはこの解説(1961年初出)によると、謎の作家。EQMMに短編をこれだけ発表しただけ(当時)。このあと1970年代から長編を書いて高評価を得たらしい。あいにく邦訳されていない。 さて、テナント少佐シリーズは舞台設定が尋常でない。地中海…

ムスチスラフ・ロストロポーヴィチ「ロシア・音楽・自由」(みすず書房) 全体主義の不正と監視に怒る自由主義者がソ連の市民権を剥奪されアメリカに亡命するまで。

ロストロポーヴィチとヴィシネフスカヤの夫妻のインタビュー。はっきりかいていないが、1978-81年にかけて行われた複数のインタビュ―のまとめと思う。1983年初出で、翻訳は1987年。これらの年は重要なので、あとで振り返る。 ロストロポーヴィチは1927年アゼ…

アレクサンドル・ソルジェニーツィン「ガン病棟 下」(新潮文庫) ガンの社会的イメージはガン患者を排除し、失意と抑うつに追い込む。

2013/11/18 アレクサンドル・ソルジェニーツィン「ガン病棟 上」(新潮文庫) もうひとつの読み方は、スーザン・ソンタグ「隠喩としての病」(みすず書房)のサンプルとして読む方法。 作者の書き方は、20世紀の小説には珍しいポリフォニックなもの。気にな…

アレクサンドル・ソルジェニーツィン「ガン病棟 上」(新潮文庫) スターリン没後でもガン病棟は強制収容所のメタファー。

ソルジェニーツィンは1918年コーカサス地方の都市で生まれる。学生時代から短編を書いていたというが、1939年に召集され砲兵隊に入隊。以後、各地を転戦。1945年ベルリン侵攻中に、逮捕され、モスクワに戻される。以後8年間の収容所(ラーゲリ)生活を送る。…

アレクサンドル・ソルジェニーツィン「イワン・デニーソヴィチの一日」(新潮文庫) スターリン時代の強制収容所。シニカルで皮肉な笑いでマローズ(厳寒)を乗り切る。

シューホフはマローズ(厳寒)のなか、目を覚ます。考えているのはこのまま毛布に包まっていること、食料をたくさん手に入れること、昨日残したパンをいつ食べるかどうやって盗まれないようにするか、などなど。班長の起床の合図でバラックを抜け、朝の点呼(…

高杉一郎「スターリン体験」(岩波現代文庫)

著者は「極光のかげに」の著者で、シベリア抑留体験をもっている。いくつかの記述は「極光のかげに」と重複。 たしかに、心理的な外傷をもっていて、それを心に秘めていることは苦しいことだ。我々だって、失恋・事故・親しいものの死などを経験したとき、し…

宮田光雄「アウシュビッツで考えたこと」(みすず書房) 東欧革命・ソ連崩壊より前、全体主義国家でのキリスト教会をレポート。

著者はドイツ政治思想史を専攻するが、一方でキリスト者としての活動も行っている。自分には岩波新書ででた「キリスト教と笑い」が、映画や翻訳のでたエーコ「薔薇の名前」の主題と共鳴していて楽しく(?)読んだ。福音書に書かれたイエスの言行から笑いを見…

ヴィクトール・フランクル「夜と霧」(みすず書房) 期限なき収容状態でいかに希望を持つか、解放後の弛緩からいかに回復するか。

この絶滅収容所の記録を前にすると、おののき、恐怖し、震撼し、その記述が際限なく続くことに絶句し、沈黙するしかないところにいってしまう。これほどの惨劇をよくも人間が・・・とか、これほどの虐待をよくも人間が・・・とか、これほどの勇気をよくも人…

ユリウス・フチーク「絞首台からのレポート」(青木文庫) ナチスに捕らえられたチェコスロヴァキアの共産党員の獄中手記。牢獄で書かれすこしずつ看守が運び出し戦後出版した。

ユリウス・フチーク「絞首台からのレポート」は出版にいたる状況が感動的だ。一九四〇年代、チェコスロヴァキア(当時)の文芸評論家にして共産党党員である著者は、ナチス政権支配下のチェコで逮捕される。拘禁された収容所(拘置所かは不明)で、彼の状況…

オルダス・ハックスリー「すばらしい新世界」(講談社文庫) 失業がなく娯楽が十分に提供されるディストピア世界では生活も精神も充足するのでみんな幸福にみえる。

1932年初出のディストピア小説。ディストピアであると思えるのは読者だけであって、登場人物たちは幸福そうに見える。失業がなく、娯楽が十分に提供されている世界では生活も精神も自足するようだからね。 冒頭で、人間が人工授精されて容器で発育するという…

上山安敏「世紀末ドイツの若者」(講談社学術文庫) ドイツの学生は下宿住まいで学生組合に参加する。民族主義的な学生運動が生まれ、全体主義運動に取り込まれる

1890年から1920年までのドイツの学生はどのような生活をしていたのかを俯瞰する資料。内容に触れる前に前史を確認しておかないといけない。もともと「ドイツ」には放浪学生の習慣があった。ようするによい教師を求めて、自由に大学を移動する権利をもってい…

アナトール・フランス「神々は渇く」(岩波文庫) フランス革命時に観念の怪物に取り憑かれて怪物に変身した人間の悲劇。

神々は何に乾いているのか。人間の血、とりわけ「革命」に関与した人たち(賛成、反対、協賛、拒否いずれにかかわらず)のそれ。「革命」の熱狂はすさまじいのであるが、そのあとに興奮を冷ますための人身御供を要求するのであって、フランスで起きたものに限…

江川卓「謎解き『カラマーゾフの兄弟』」(新潮社) 言葉に他の意味を持たせることが好きなドスト氏の長編を読み込もう。

「カラマーゾフの兄弟」は米川正夫訳のを、古い河出書房版全集で、たしか5日間で読んだのではなかったかな。療養中だったもので、それこそ一日に10時間くらい読んでいたのだ。こういう読書だと飽きてくる(小説の内容にも読書という行為にも)のだが、そこは…

江川卓「謎解き『罪と罰』」(新潮社) ドスト氏が作った言葉の遊びで主題を文体と語彙に隠すというからくり装置を読み取る。

「罪と罰」を読んだのは中学3年生の2月。高校受験の直前。もちろんミステリないしサスペンスとしてしか読んでいない。その主題の豊富さや深さなど気づいているはずもない。そろそろ再読しようと考えているので、解説書を読む。 1.精巧なからくり装置 ・・・…

INDEX ヴィルヘルム・フルトヴェングラー関連

2012/11/28 みすず編集部「逆説としての現代」(みすず書房) 2012/11/29 諸井三郎「ベートーベン」(新潮文庫) 2012/11/26 エリーザベト・フルトヴェングラー「回想のフルトヴェングラー」(白水社) 2012/11/24 志鳥栄三郎「人間フルトヴェングラー」(音…

A&B・ストルガツキー「ストーカー」(ハヤカワ文庫) 見かけは犯罪小説ギャング小説。エンタメの後ろでは「ファースト・コンタクト」の思弁が進んでいる。

タイトルの「ストーカー」はここでは密猟者の意。原題は「路傍のピクニック」らしいが、タルコフスキーの映画に合わせてタイトルを変えた。映画は見たような、見たことがないようなあいまいな記憶。なので、このストーリーは初めて出会うようなものだった。 …

深見弾編「ロシア・ソビエトSF傑作集 下」(創元推理文庫) 1920年代のロシア・アバンギャルドと1930年代の社会主義リアリズムのSF短編。

上巻は革命以前の帝政時代で、下巻は革命後。1920年代のロシア・アバンギャルドの時代と1930年代の社会主義リアリズムの時代。SFは1930年代には当局に快く思われず、作品が没になったり、書くことを停止された作家もいたとの由。たぶんその一方で、人民教育…

深見弾編「ロシア・ソビエトSF傑作集 上」(創元推理文庫) 帝政ロシア時代のSF短編。

1988年の東欧・ソビエト革命以来、ロシア文学の人気は落ちていく一方であって(と勝手に妄想。ドスト氏は例外的に読まれているのかな)、細々と翻訳が行われていたレムやストルガツキー兄弟のSFも新刊がでなくなってしまった(と見たのは2005年ころ)。この…

フセヴォールド・ガルシン「あかい花」(岩波文庫) 19世紀末ロシアの夭逝した作家の短編集。青春の若々しさよりも苦さを感じさせる作風。

19世紀ロシアの作家。活動時期はドストエフスキー後期に重なるかな。折からのナロードニキ運動に共感する一人。将校の息子というからそれなりのインテリ家族であったのだろう。そのままでいけば有力な社会運動家、理論家であったとおもわれるものの、この人…

外川継男「ロシアとソ連邦」(講談社学術文庫) ヨーロッパの周辺にある強い民族主義と近代化に葛藤する巨大国家の歴史を概観するのに手ごろな一冊。

まあ以下のような妄想を書く人もいないだろうから、「トンデモ」認定を受けることを甘受して妄言を記しておこう。すなわち19世紀以降のロシアとこの国の歴史には類似と平衡関係が認められると。 ・19世紀前半において、両国は農業を主産業とする封建国家であ…

INDEX ギルバート・チェスタトン関連

2013/08/19 ギルバート・チェスタトン「奇商クラブ」(創元推理文庫) 隠された新規事業を探せ。最も奇妙な謎解き探偵。 1905年 2013/08/20 ギルバート・チェスタトン「木曜の男」(創元推理文庫) 共産主義や無政府主義に嫌悪と憧憬を同時にもつアンビバレ…

村上龍+坂本龍一「EV cafe」(講談社) 1980年代の愚かしくも懐かしい時代のカンズメ

1984年に村上龍と坂本龍一がゲストを読んで対談した記録。ゲストで呼ばれたのは、吉本隆明、河合雅雄、浅田彰、柄谷行人、蓮実重彦、山口昌男。 この時代、浅田彰の「構造と力」が売れて、ニューアカデミズムという名前で若手の哲学者・評論家の本が大量に流…

山口昌男「道化の宇宙」(講談社文庫) 秩序と安定に逆らい挑発する道化・放浪者・亡命者・マイノリティ。

山口昌男の文章を読むと、元気が湧いてくる。大量の引用、大量の書肆、たくさんの人名、たくさんの作品、幾多の地名。自分の知らないことはたくさんある、それを知ることは楽しい、それがつながることは楽しい。こんな気分になって、知的エネルギーがわいて…

山口昌男「歴史・祝祭・神話」(中公文庫) 「中心と周縁」理論の説明と実例。「トロツキー」が罵倒語だった時代に民族学・神話学の用語でトロツキーを描く戦略的な論文。

1973年初出で、雑誌「歴史」に一挙掲載されたとか。たぶん著者の基本的な考えがまとめられている。「中心と周縁」理論は以下の引用で概要を理解できるので、とても長くなるが引用しておく。自分の備忘をかねて。 「政治権力の究極的なよりどころは生賛を神に…

山口昌男「本の神話学」(中公文庫) 知を狭い領域の閉鎖された学問の中で捉えるのではなく、他の学問分野とかある観念でもって集結すると、新しいことが見えてくるんじゃね。

1970年代前半の論文が収録。哲学・思想系の「オカタイ」雑誌に掲載されたものだと思うけど、高校の世界史と倫理社会(今はなんて学科名だい?)の知識を持っていればだいたい理解できる。面白いのは、いくつかのキーワードを元にそこにリンクするほかの本・著…

木下順二「木下順二戯曲選 I」(岩波文庫)木下順二「木下順二戯曲選 I」(岩波文庫)「風浪」「蛙昇天」 作者の初期作品。自分の立ち位置を決めることの困難。

「風浪」は明治8年から10年にかけての熊本が舞台。大政奉還後、廃藩置県、廃刀令、四民平等などの西洋化政策が上からの浸透で進められているころ。下級武士は殿様との関係が切れ、行く末が定まっていなかった。直前に地租改正もあり百姓は困窮状態。熊本県で…

木下順二「木下順二戯曲選 II」(岩波文庫)「彦市ばなし」「夕鶴」「山脈」「暗い火花」 1950年代の作品。実験と告発の時代。

1950年代に書かれた作品が主に収録。 彦市ばなし ・・・ 熊本弁で書かれている。怠け者の彦一が天狗の隠れ蓑を騙し取ろうとし、一方殿様から河童つりと称して鯨の肉を奪い取ろうとする。その結末は・・・ せいぜい20分くらい。のちに狂言の演目として定着し…

木下順二「木下順二戯曲選 III」(岩波文庫)「オットーと呼ばれる日本人」「神と人とのあいだ」 インテリはどのように状況にコミットするのかという問題

オットーと呼ばれる日本人 ・・・ 1930年代の上海。ドイツのナチスに席を置くジョンソンと呼ばれるドイツ人を首魁を中心にしたアメリカ人、中国人、日本人たちの国際共産主義スパイ活動。その一員である「男(とだけ呼ばれるので「オットー」)」が主人公。…