odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2013-01-01から1年間の記事一覧

木下順二「木下順二戯曲選 IV」(岩波文庫)「子午線の祀り」「龍の見える時」「沖縄」 1980年代作品。辺境から日本を考える。

子午線の祀り ・・・ 平家物語から取った戯曲(この人は「平家物語」の解説本を書いている。「古典を読む 平家物語」岩波現代文庫)。主人公は平知盛と源義経。前者は貴族の息子で粗暴な武者だったのが、木曽義仲に京をおわれてからリーダーに変身した人。天皇…

ハドリー・チェイス「ある晴れた朝突然に」(創元推理文庫) 1950年代暴力描写を「快感」に感じる読者が生まれて、ハードコアなハードボイルドが書かれる。

ジャン・ポール・ベルモンド主演の映画も作られているのだね。本書は現在(2008/06/30)、絶賛絶版中。まあ、仕方がない。簡単に梗概を書くことにしよう。 引退した元ギャングのもとに、弁護士の自殺の連絡が入る。弁護士は元ギャングの資産管理をしていたが…

ジョナサン・ラティマー「処刑六日前」(創元推理文庫) タイムリミットテーマ+密室殺人の古典。でも記憶に残るのはへべれけな探偵たちのかけあいと美女のくどきのほう。

ラティ―マーの長編第1作。冬のシカゴを探偵たちが歩き回り、ジン、マティーニ、バーボンを飲みまくる。一度は飲みすぎで倒れているというのに、まったくタフな連中だ。 株式仲買人が死刑執行を待っている。別居して離婚する予定だった妻が、半年前のある深夜…

ジョナサン・ラティマー「モルグの女」(ハヤカワポケットミステリ) 「なぜ死体は盗まれたか」という魅力的な謎。記憶に残るのはへべれけ探偵たちの憂さ晴らしと上司の悪口。

「夜中の死体置場。卓上の寒暖計は既に91度に達している……。気狂いじみた暑さと死体の異臭に満ちたシカゴの死体置場には、安ホテルで自殺した若い女の死体が収容されていた。そして、この女の身許を確かめようと三人の男が押しかけていた。二人の新聞記者と…

ウィリアム・マッギヴァーン「ビッグ・ヒート」(創元推理文庫) マッカーシーズムの渦中のハードボイルド。大いなる怒りをもって腐敗した市政と警察と戦え。

原題を日本語訳すると「大いなる怒り」になる。1953年刊になる前にチャンドラーが「大いなる眠り」を出しているので、混同を避けたのだろう。1940−50年代は「big」が最大級の強調語だったのだ(のちには「great」「dynamites」などに変わる)。 警官を主…

ウィリアム・マッギヴァーン「悪徳警官」(創元推理文庫) 悪に加担したことを反省するなら、正義を実行して悪を排除せよ。

主人公は警官。長年、市を牛耳るギャングと関係を持ち、彼らから利権を得ていた。しかし、彼の弟がギャングの犯罪の現場に居合わせ、告発する。ギャングは主人公を通じて、弟を工作しようとするが、正義漢である弟は撤回しない。そのため弟は殺される。怒り…

ウィリアム・マッギヴァーン「緊急深夜版」(ハヤカワポケットミステリ) 市政の腐敗が発覚した、市民全員は緊急集合して対処せよ。

「緊急深夜版(Night Extra)」はたぶん朝刊の号外みたいなこと。朝刊の一面を作り終えたころに、事件が入ってくると至急作り返さないといけなくなって、新聞社の全員(記者から写真の現像担当から活字ひろいまで)を緊急招集してことに当たらないといけない…

朝比奈菊雄編「南極新聞 上」(旺文社文庫) 敗戦と占領で自信喪失した日本人がおっかなびっくりで国際社会の顔色をうかがっていた時代

「2001年宇宙の旅」のディスカバリー号はオタクの天国だよなあ、と妄想していて、ではリアルではどうなのかを考えていたら、それに近いのは南極観測隊だと連想した。あそこでは、冬季になると外部からの資材が届かなくなるし、以前は連絡もなかなかつけにく…

アーサー・クラーク「2001年宇宙の旅」(ハヤカワ文庫)-3 主体を拘束する共同体から離脱したHAL9000は殺人を許さない人の掟から自由になる。

笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)を読んでいたら面白い議論があった。 「人が人を殺すことは許されるのか。この設問は、僕たちが生きている近代社会では契約に応じた者が他の契約者を殺すことは許されるか、という命題に変換される。むろん許されない…

アーサー・クラーク「2001年宇宙の旅」(ハヤカワ文庫)-2 ディスコミュニケーションなディスカバリー号は心地よいおたくのユートピア。

もう何度も繰り返し見ているのだが、どうしてこの小説と映画はかくもわれわれを魅了するのだろうか。そんなことを考えていたら、繰り返し読む/見るとはいってもそれは物語やフィルムの最初から最後までをきっちりとスクロールするようなやり方ではないことに…

アーサー・クラーク「2001年宇宙の旅」(ハヤカワ文庫)-1 宇宙的な視点にたつと人類の未来はペシミスティック。

自分が購入したのはあとがき(文庫旧版)にある1978年の映画再公開にあわせて出版されたとき。「スターウォーズ」にあわせてのリバイバルと思うが、この映画を見るために苦労したなあ。新宿の武蔵野館まででかけたが満員で入館できず、午後の模擬試験のために…

チェスタトン「ブラウン神父」について(メモ) イギリスにはアッパークラスとロウアークラスが厳然として存在し、相互に交流がないが、神父は行き来できるので謎を解ける。

チェスタトンのブラウン神父譚を発表順に並べると下記のようになる。1911年 『ブラウン神父の童心』(The Innocence of Father Brown) 1914年 『ブラウン神父の知恵』(The Wisdom of Father Brown) 1926年 『ブラウン神父の不信』(The Incredulity of Fa…

探偵小説の被害者を類型化すると

1)家、共同体で権力をふるう「君主」 2)空位になった権力を奪取しようとする「簒奪者」 3)庇護されなければならない弱者(子供、老人、病人) 4)過去の犯罪を断罪されていない「犯罪者」 5)現在の犯罪の真相を知っている「証人」「探偵」 6)過去…

笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)-3 「閉ざされた山荘」「孤島」では探偵は被害者の一員に含まれてしまい、探偵の優位性や公平性が失われる。不可視の犯人=権力者の意思に探偵も自律的に犯人の規律に従う。

2013/09/27 笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)-1 2013/09/30 笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)-2 ここでは「権力」が問題にされる。というのも「閉ざされた山荘」「孤島」では、犯人と被害者が同じ場所に閉じ込められ、逃げる場所がない。そう…

笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)-2 愛の現象学。共同体から離脱した独我論者には、「殺す」や愛の対象としての他者はいないので、共同体の成員には愛の応答をしない。

2013/09/27 笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)-1 前作「哲学者の密室」のラストでナディアは死の哲学を克服するのに、愛の可能性を示唆した。本作で愛の現象学が語られる。きわめて図式的にまとめるとこんな感じ。 愛には様々な形態と対象がある。でも…

笠井潔「オイディプス症候群」(光文社)-1 1985年のギリシャの孤島で、ギリシャ神話とフーコーとHIVが邂逅する。

2002年初出。前作「哲学者の密室」の発表から10年。でも、小説内の時間は半年もたっていない1975年。重要なモチーフにHIVと後天性免疫不全症候群があり、アメリカ西海岸のゲイコミュニティで蔓延し始めたという記述がある。そういう報告が実際に出たのは1981…

笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-4 ブランキとデュパンの会話は、将来書かれるだろうニコライ・イリイチと矢吹駆の対話の前駆か?

2013/09/23 笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-1 2013/09/24 笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-2 2013/09/25 笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-3 の続き。 オーギュスト・デュパンはこの事件の全体を「群衆の悪魔」の仕業、、というのだが、その議論はよくつかめ…

笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-3 連続殺人事件に巻き込まれたシャルルがデュパンの助けでハードボイルド探偵になる。

2013/09/23 笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-1 2013/09/24 笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-2 の続き。 ようやく物語をまとめるところにきた。 1848年パリ周辺で以下の事件が起きる。 1)田舎でベルトラン婦人が暴漢に殺される。彼女は若いころ、貴族の私生…

笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-2 絶対王政が打倒され産業革命が進むと、人々は共同体を離れ都市で無名で無階級の群衆になる。

2013/09/23 笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-1 の続き。 その変化を探偵たちはパサージュを通じてみた「群衆」の現れにみる。群衆は都市と産業化によって誕生した新しい人々の群れ。その特徴を探偵は以下のようにまとめる。 1)徹底的に他人 2)階級的性格…

笠井潔「群衆の悪魔」(講談社)-1 時代は1848年、場所はパリ。2月革命がなった都市には、バルザック、プルードン、マルクス、デュパンらがいた。

1996年初出。時代は1848年、場所はパリ。 この1848年という年はヨーロッパにとって重要。19世紀前半の政治体制であったウィーン体制が崩壊。まあ、多くの国で君主が追放されたのと、抑圧の権力が新たに生まれたということで。この面は後で詳述。もう一つは、…

笠井潔「梟の巨なる黄昏」(講談社文庫) 世界を破滅させることをもくろむ書物は世界を憎む人の憎悪を増幅し、正当化の根拠を与える。

世界を破滅させることをもくろむ書物。その書物の読者は、世界に対して憎悪をもち、破壊しようとする。そのような書物として作家が構想したものには「黄昏の館」があった。「黄昏の館」ではそれを書くことにより、世界と自分への憎悪と嫌悪が開示されるもの…

笠井潔「国家民営化論」(知恵の森文庫) 国家廃棄や止揚のためのアナルコキャピタリズムの提案。「自己責任論」が行きついた先はこれ。

20世紀を大量死の世紀と定義したときに、大量死をもたらしたものとしてファシズムと共産主義がある。前者は自由主義国家によって壊滅し、後者は自壊した。キーワードは個人の自由である。で、残された自由経済主義的資本主義国家であるがこれが問題の解決を…

笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-6 本書は「バイバイ・エンジェル」ないし「テロルの現象学」以来の作者の主題である観念論批判の総決算であり観念論の象徴としての現象学批判。

2013/09/17 笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-5 1992年に筒井康隆は朝日新聞の書評欄に連載を持っていて、同時期にこの本がでたので取り上げられた。「富豪刑事」の神戸刑事が書評するという趣向。そこで指摘されていたことを思い出すと、 ・現在(1976年)…

笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-5 本来的自己の可能性を見出す契機は死を見つめるほかにも、愛や他者の発見がある。

2013/09/16 笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-4 というわけで、ハルバッハの死の哲学とその兄弟的なところにあるレーニン主義では、20世紀の収容所群島を克服できない。 では、どこに希望を持つか、ということになる。ハルバッハの死の哲学では、死は特権的…

笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-4 絶滅収容所をみたドイツ人の衝撃と、戦時の大量殺戮を隠蔽し続けた日本人の欺瞞。

2013/09/13 笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-3 もちろん1940年代前半、このような絶滅収容所の存在は秘匿されていた。しかし多くのドイツ市民はうわさを聞いていたという。なぜか。隣人が突然失踪し、あるいは隣人が前線から傷病兵として帰還していたから…

笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-3 日常的堕落の消費社会は人を無個性化・無名化し、死の哲学の組織(絶滅収容所とか前線の軍隊とかテロ組織とか)もまた人を無個性化、無名化する。

2013/09/12 笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-2 ハルバッハは、死の不可能的可能性が生の可能性を照射し、生を有意義なものに変えて本来的自己を回復するものであるという。とはいえ、自分らのような凡庸な頭脳の持ち主はこの図式を倒錯させてしまう。とい…

笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-2 大哲学者ハルバッハ曰く「死は恐れるものではなく、むしろそこに積極的に関与し死をまっすぐ見つめることが自己の改革を実現する道」

2013/09/11 笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-1 以下は誤読を含む自分のまとめ。 19世紀は1918年の第1次大戦の終了とともに終わる(あと同年のロシア革命も契機)。1789年のフランス革命から始まった19世紀を特徴つけるのは「市民の時代」であること。ここ…

笠井潔「哲学者の密室」(光文社)-1 事件の関係者のほとんどがナチの絶命収容所の脱走事件にもかかわる。現代の密室事件は生と死の決定不可能性を暴露する。

1975年初夏のパリ。今年は冷夏と思われる寒い日が続く。現象学の権威ハルバッハ教授がパリを訪れ、講演会や対談を行っている。高齢のため最後の外遊と思われ、哲学科の学生ナディアは彼に興味を持ち、主著「実存と時間」を読んでいた。 さて、フランス屈指の…

笠井潔「黄昏の館」(徳間文庫) 遅れてきた正統派日本版ゴシックロマンス。複数あるらしい「黄昏の館」は入れ子状態。

宗像冬樹という作家がいる。この呪われた作家は「天啓」シリーズの重要キャラクターであるので、覚えておくこと。現在29歳で2年前に「昏い天使」という小説で新人賞を取り、ベストセラーになっていた。しかし第2作「黄昏の館」はタイトルのみ発表しているも…

笠井潔「エディプスの市」(ハヤカワ文庫) 1980年代に書かれた短編、ショートショート。

1980年代に書かれた短編、ショートショートを収録。 エディプスの市 ・・・ 地球壊滅状態のドーム型都市。母親と息子の同棲、娘の共同生活、サイココンサルタントだけが年の住人らしい。その都市の自己保存システム。家族を解体しても、性の衝動は残る。それ…