odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2019-01-01から1年間の記事一覧

ラフカディオ・ハーン「怪談・奇談」(講談社学術文庫)-1 日本を舞台にしたゴシックロマンス

ラフカディオ・ハーンは1890年に来日。英語教師をしながら、日本文化を紹介する著作を多数執筆。その中には、日本の民話や怪談などを採集し、英語に書き換えたものがある。本書は、その一部を翻訳したもの。 ★印をつけたのは、1965年公開の小林正樹監督の映…

ラフカディオ・ハーン「怪談・奇談」(講談社学術文庫)-2  日本を舞台にしたゴシックロマンス(2)

2019/09/16 ラフカディオ・ハーン「怪談・奇談」(講談社学術文庫)-1 1900年の続き。 引き続き小説。本書にはハーンの話のもとになった原典も収録されている。解説によるとハーンは日本語を読めなかったので、節子夫人や友人などの語りを聞いて、それを英語…

岡本綺堂「妖術伝奇集」(学研M文庫)-1 「玉藻の前」「小坂部姫」は日本怪奇小説のレジェンド

岡本綺堂の幻想・伝奇・怪異小説。ほかにも大量の長編、短編を書いているのみならず、翻訳をしたり、アンソロジーを編んだりと八面六臂の大活躍。1980年代にモダンホラーが上陸してから、あまり読まれなくなったようだが、21世紀になってたくさん本が出るよ…

岡本綺堂「妖術伝奇集」(学研M文庫)-2 「わが国在来の怪談は辻褄があいすぎる」という苦言

中・長編のあとは、戯曲に短編に随筆。 まずは戯曲から。 平家蟹 1912 ・・・ 木下順二「子午線の祀り」の後日談、というのは、双方の作者に失礼か。壇ノ浦の戦のあと、落ち延びた官女あり。身を隠すに暮らしは立たず、なさけを売る上臈。何の因果か那須与一…

浜尾四郎「日本探偵小説全集 5」(創元推理文庫)-1短編 弁護士が書くと、探偵小説は犯人の自白になる。自発的な告白は正しいのだという暗黙の前提がある。

浜尾四郎は1897年生まれ。東大法学部卒業後、東京地検の検事になり、1928年に辞職して、翌年に「彼が殺したか」でデビュー。4つの長編と15の短編(解説による)を残して、1937年に没。40歳という若さ。 彼が殺したか 1929.01.~02 ・・・ 中島河太郎編「君…

浜尾四郎「日本探偵小説全集 5」(創元推理文庫)-2「殺人鬼」 「グリーン家」の強い影響は受けていても、完全な模倣にはなっていない犯人当て小説。

東京地検の元検事でいまは私立探偵の藤枝真太郎のオフィスに、家が不穏であるので調査と警備をお願いしたいという若い女性がやってきた。聞けば秋川製紙株式会社の社長の娘。この絶世の美人に、藤枝の親友・小川雅夫は一目ぼれ。藤枝に依頼を受けるように薦…

浜尾四郎「鉄鎖殺人事件」(春陽文庫) 3つの物語が同時進行する複雑なプロットも、軽薄なワトソン役のためにユーモア小説になってしまった。

浜尾四郎「鉄鎖殺人事件」が2017年11月に河出文庫に収録された。四半世紀ぶりくらいに入手が容易になった。そこでもう一度読み直した。前回の感想( 浜尾四郎「鉄鎖殺人事件」(春陽文庫)では、サマリーにふれなかったので、あらためて。 前の「殺人鬼」事…

角田喜久雄「日本探偵小説全集 3」(創元推理文庫)-2「怪奇を抱く壁」「高木家の惨劇」 占領期時代の混乱と汚濁を乾いた新しい文体で描く。

角田喜久雄の作品。1906年生まれで 1994年没の長命な作家。作家の活動期間は長い。この全集では戦後の作品が多く収録されていて、戦前は探偵小説よりも伝奇小説(「風雲将棋谷」「髑髏銭」など)を書いていたからだろう。 発狂 1926 ・・・ 悪辣な資本家によ…

大下宇陀児「日本探偵小説全集 3」(創元推理文庫)「凧」「虚像」 謎解きと犯人あてより、犯罪者と被害者の心理、事件に巻き込まれた者たちが演じるドラマがテーマ。 

大下宇陀児の作品。九鬼紫郎「探偵小説百科」(金園社)によると、1898年生まれ1966年没。デビューは1925年というからかなり早い。雑誌「新青年」では乱歩、不木に続く人気作家だったという。この二人がトリックや奇妙な味などの技法にこだわったのに対し、…

ミステリー文学資料館 (編集)「大下宇陀児 楠田匡介: ミステリー・レガシー」(光文社文庫) 前者の「自殺を売った男」は傑作。頭の弱い男を知ったする自立した女性がううゆうと乗り越える。

発表されたのは戦後ではあるが、大下宇陀児は戦前から活躍している作家なので、戦前探偵小説に含めることにした。 大下宇陀児:自殺を売った男(1958)・・・ 愚連隊でクスリが手放せない俺は人生に飽きて自殺することにした。しかし未遂になり発見者の縁で…

木々高太郎「日本探偵小説全集 7」(創元推理文庫)-1「就眠儀式」「柳桜集」 医学部教授が戦前に書いた文学趣味と芸術至上主義の作品。

本名・林操(1898-1969)は慶応大学医学部の教授。本名で講談社現代新書に著作がある。デビューは1934年で、ペンネームは海野十三がつけた。戦前に甲賀三郎と探偵小説は芸術か否かの論争があり、木々は芸術派だった。その主張の実践が「人生の阿呆」や「折萱…

木々高太郎「日本探偵小説全集 7」(創元推理文庫)-2「わが女学生時代の罪」 多趣味で教養主義の医学部教授は多彩な知識を駆使したが、小説の技術にだけは欠けていた。

2019/08/29 木々高太郎「日本探偵小説全集 7」(創元推理文庫)-1 の続き。後半はおもに戦後作品。 永遠の女囚 1938.11 ・・・ モガ(モダン・ガール)が奔放な暮らしの後に家に戻ってきたが、小作人争議が起きたときに父を殺した。そういう娘には見えなか…

名作集 1「日本探偵小説全集 11」(創元推理文庫)-1 大正時代以前の探偵趣味の短編を収録。谷崎、菊池、芥川らのモダニストは探偵小説好き。

この巻と次の巻は、一人では一冊になるほどの作品を書いていない人たちの作品を集めた名作集。それぞれ多作であるのだが、「探偵小説」には入れない小説のほうが多い作家たち。 岡本縞堂 話もうまいが、何より目の詰まったコクのある文章。よい文章を読む快…

名作集 1「日本探偵小説全集 11」(創元推理文庫)-2 昭和初期の探偵趣味の短編を収録。好況期の日本人は西洋を相対化できる余裕をもっていた。

2019/08/26 名作集 1「日本探偵小説全集 11」(創元推理文庫)-1 の続き 後半は昭和にはいってから。探偵小説(推理小説よりずっと広いジャンルをカバー)の書き手が増えて、主に雑誌に小品を書いていた。さまざまな理由で長編を書かなかった人たちを集め…

名作集 2「日本探偵小説全集 12」(創元推理文庫)「船富家の惨劇」 「日本探偵小説史(中島河太郎)」は書肆情報が充実。

名作集2は昭和の探偵小説。職業探偵作家も複数人でて、「新青年」他の探偵小説雑誌が毎月刊行されていて、アメリカの長編・短編の探偵小説がおおよそリアルタイムで紹介されている。ジャンルが成立し、作家も読者も育ったころ。乱歩からすると、次世代の作…

岡田鯱彦「薫大将と匂の宮」(別冊幻影城) 失われた源氏物語の続きは探偵小説で、紫式部が探偵になるという趣向。書き方のまずさが読書の興を削ぐ。

初出(1955年)はこのタイトル。のちに「源氏物語殺人事件」に変更されて出版されたこともある。 自分が読んだのは1978年1月の別冊幻影城で。同時収録は「樹海の殺人」。別冊幻影城は一冊に探偵作家ひとりを割り当て、代表作を掲載した。戦前から昭和30年代…

岡田鯱彦「樹海の殺人」(別冊幻影城) 富士山麓の物理学研究所で起こる連続殺人事件。実直で真面目な作風で、トルストイや島崎藤村や志賀直哉が犯罪小説を書いている感じ

別冊幻影城「岡田鯱彦」特集の続きを読む。 富士山麓の樹海に近い村に構えた私設の物理学研究所。もと神職の中年男性・坂巻久が3年前に設立した。一人娘の久美子に、研究員である須藤と玉川、中学を卒業したばかりの書生・渋谷に小山田爺やが住み込んでいる…

渋澤龍彦「黒魔術の手帖」(河出文庫) 1960年代の悪魔学は神学論争を無視して、ミソジニーまみれ。

日本の悪魔学の始まりは本書をみると日夏耿之介。そのあと、入獄中か出獄後の埴谷雄高が独学で勉強したらしい。その次が、本書の著者になる。と見立ててみた。本書は1960-61年に連載されたエッセイを収録したもの。おりしも日米安保で世情騒然としているころ…

久生十蘭 INDEX

2019/08/06 久生十蘭「ノンシャラン道中記」(青空文庫) 1934年2011/06/03 久生十蘭「ジゴマ」(中公文庫) 1937年2019/07/29 久生十蘭「日本探偵小説全集 8」(創元推理文庫)「湖畔」「昆虫図」「ハムレット」他 1937年2019/08/05 久生十蘭「魔都」(青…

久生十蘭「ノンシャラン道中記」(青空文庫) 1934年の外国にいる日本人は「パリのアメリカ人」とおなじくらいに傍若無人で無責任。

ときは1929年。10年前の戦争の後、インフレに悩むフランスには多数の外国人が群がっていた。「パリのアメリカ人」というようなドルの威力に物申させて、なにもしないことを楽しむ。もちろん芸術家の卵もいて共同生活のうちに切磋琢磨も行う(彼らの才能が開…

久生十蘭「魔都」(青空文庫)-1 1935年軍事都市化した帝都で起こる「犯罪」は庶民のうっぷん晴らしとなり、アンチヒーローの魅力や輝きを発する。

題名「魔都」とははて面妖な。なるほど舞台は1935年の東京であるが、この実在した都市のどこが「魔」であろうか。作者の説明を聞いてみよう。 「この辺が、「東京」を称して一と口に魔都と呼び慣わす所以なのであろう。われわれの知らぬうちに事件は始まり事…

久生十蘭「魔都」(青空文庫)-2 皇帝不在の状況において皇帝を追いかける人々が、それぞれの思惑をもってやたらと空虚のまわりを動き回る。

2019/08/05 久生十蘭「魔都」(青空文庫)-1の続き 物語は1934年12月31日の日付が変わる深夜に始まり、28時間後の1935年1月2日午前4時に終わる。 安南の皇帝・宗竜王が日本名をもってひそかに来日していた。大晦日深夜のどんちゃん騒ぎをするモボやモガの群…

久生十蘭「キャラコさん」(青空文庫)-1 読者(都会の独身男性)の常識をもち同じようなモラルにある「キャラコさん」が上流階級にはいってほぼ孤立無援になり、その階級の異人にあう。

「キャラ子(剛子(つよこ))はキャラコ、金巾(かなきん)のキャラコのこと」だそう。あまり高価でないものをを身に着けている貧乏であるが(とはいえ父は陸軍少将)、しかし上流階級に出入りしているお嬢さん。こういう立場だとひくつになりそうなところ…

久生十蘭「キャラコさん」(青空文庫)-2 キャラコさんの善や正義があまねく普遍的になっていって抽象化していき、八紘一宇の日本に居られなくなる。

2019/08/1 久生十蘭「キャラコさん」(青空文庫)-1 1939年の続き。ここから小説の長さがそれまでの半分になる。1939年7月から。なにかあったのか。紙の配給減少とか雑誌の統制とか。 盗人 ・・・ 卒業後豹変した女学校のクラスメイトから、昔のラブレターを…

久生十蘭「日本探偵小説全集 8」(創元推理文庫)「湖畔」「昆虫図」「ハムレット」他 完璧にすぎ、取りつく島もないほど冷たい短編。

「ハムレット 久生十蘭「日本探偵小説全集 8」(創元推理文庫)には「顎十郎捕物帳」全24話と「平賀源内捕物帳」4話が収録。それらは別エントリーで感想を書いたので、残りの短編を読むことにしよう。2019/07/26 久生十蘭「日本探偵小説全集 8」(創元推…

久生十蘭「日本探偵小説全集 8」(創元推理文庫)  顎十郎捕物帖-1 異相の持ち主で、侍の徳義から妙に外れた風来坊は法と権威に頼れない、ノンシャランな探偵。

収録されているのもののうち重要なのは、「顎十郎捕物帖」。これについて見ていこう。この捕物帳の傑作はあまり情報がなくて、雑誌「『奇譚」に1939年1月から1940年7月号にかけて連載されたそうな。戦時統制経済体制になって、紙の配給、割り当てに制限が出…

久生十蘭「日本探偵小説全集 8」(創元推理文庫)  顎十郎捕物帖-2 作者は顎十郎に飽き、役人をやめて駕籠かきに身を隠す顎十郎の心根はどうにも計り兼ねる。

2019/07/26 久生十蘭「日本探偵小説全集 8」(創元推理文庫) 顎十郎捕物帖-1 1939年に続けて後半12編。 遠島船 ・・・ 時は文久二年というから1862年。初鰹船が伊豆沖で遠島船(まあ、八丈あたりに罪人を送る船と思いなせえ)にであう。奇妙なのは、飯がた…

久生十蘭「平賀源内捕物帳」(朝日文庫) とても良い文章と巧みな構成の小説を読んでいるのに、余韻を残さない作風で妙に心に残らない。

講談倶楽部に1940年1月から8月まで連載された捕物帳。書かれた時期は「顎十郎捕物帳」と重なっている。 平賀源内は名前は知られているわりになにをしたかはよくわからない男。博物学者で洋学者で洋画家で、コピーライターで戯作者(横田順弥「日本SF古典集成…

久生十蘭「十字街」(朝日文庫) 根無し草の日本人がパリの政治の大状況(1933年スタヴィスキー事件)の中翻弄され、政治的寝技の駒にされる。

1951年朝日新聞連載。 舞台は1933年元日から約3か月間のパリ。このとき、フランスでは「スタヴィスキー事件」なる疑獄から右翼左翼の入り乱れる大事件がおきていた。詳細は、wikiにまかせよう。スタヴィスキー事件 ja.wikipedia.org なるほど社民政権のある…

小林正弥「サンデルの政治哲学」(平凡社新書)-1

正義はこれまで宗教や倫理による要請として語られてきたが、そのような権威を人があまり認めなくなったので、功利主義で説明するようになった。個人の幸福の増大が社会全体の幸福につながるという考え方。でも、不遇な人をさらに不遇にさせたり、再分配を拒…