odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2022-01-01から1ヶ月間の記事一覧

夏目漱石「三四郎」(新潮文庫) 三四郎は都市や学問の余所者で脱落者。倫理性に乏しく、ニヒリズムやシニシズムをもっているモッブ(アーレント)

19歳(明治23年生まれ)の小川三四郎は熊本の中学をでて、東京大学文学部に入学する。田舎者の三四郎は東京という都市の、東京大学というアカデミアでとまどってばかり。勉強をするでもなく、趣味に没頭するでもなく、活動をするでもなく、ぼんやりと時…

夏目漱石「それから」(新潮文庫) 明治の時代に個人主義や自由主義を貫くことは難しい。引きこもりでも英語ができる代助は植民地に行けば重宝されたはず。

1909年に朝日新聞に連載。小説では点描的にしかかかれない状況をみてみよう。日露戦争の四五年後。引用すると、 「今は日露戦争後の商工業膨張の反動を受けて、自分の経営にかかる事業が不景気の極端に達している。」「平岡はそれから、幸徳秋水と云う社会主…

夏目漱石「門」(新潮文庫) 倦怠と退屈はどの問題も先送りし、自然と解決するのを待つ。あるいは関係者が愛想をつかすのをまつ。

大事なことはすでに終わっている小説。 ドラマになるのは、学生の宗助が御米と婚前交渉を持って、双方の家から絶縁されたこと、結婚後御米は三度流産して心臓に病を持っていること、宗助の父が死んだとき遺産を叔父に預けていたらすっかりなくされていたこと…

夏目漱石「彼岸過迄」(新潮文庫) 自分が行おうとしていることの意味がわからず、疑問を持つ。それをリアルタイムで実況する文体から、内省が生まれ「自我」が作られる。

学校を出たばかりの田川敬太郎がいる。冒険したいが一人では何もできず、「休養」と称して何もしていない。暇つぶしにやるのは、他人の観察。同じ下宿にいる森本という会社員なのか香具師なのか詐欺師なのかわからない男と長話をしたり、退嬰主義と自称する…

夏目漱石「行人」(青空文庫) 漱石は小説に書いた問題を解決しないで終わらせる人。兄の生きにくさは哲学や思想では解決しない。

タイトルのメタファーは何かと昔からいろいろと妄想したものだが、実際は「旅行に出かける人」の意。実際、この一家は頻繁に旅行に出る。東京に住んでいるらしいが、冒頭から家族総出の大阪旅行であり、語り手の「自分」は嫂(あによめ)といっしょに和歌山…

夏目漱石「こころ」(新潮文庫)-1 漱石の探偵小説趣味小説。「私」の探偵行動をもっと書けば、日本初のハードボイルドになりえた。

まあ確かに高校の教科書に先生の手紙が収録されていたのを読んで驚愕はしたのだった。漱石を読みだすきっかけになったのは確かだが、あまのじゃくな俺は最初に「こころ」を手にするのではなく、まず「幻影の盾」から読んだのだった。以後、出版順に読んで「…

夏目漱石「こころ」(新潮文庫)-2 世間も人間も嫌いな「先生」は誰かと共同して何かを成し遂げるという体験を持たないし、憐憫される友人もいないので、価値のない自分を自分で処置しないといけない。

2022/01/21 夏目漱石「こころ」(新潮文庫)-1 1913年の続き おさまりが悪いというのは、対象に思い入れを入れすぎない冷静なカメラアイが謎を解くのではなく、渦中の人が告白をするというスタイルのせいだ。「先生」は付き合いを持たず、他人との関係が希薄…

夏目漱石「私の個人主義」(講談社学術文庫) 漱石は英国体験をあまり快く思っていないが、英国の自由や規律には影響を受けている。この国の「浪漫的道徳」や党派主義はわずらわしくうっとうしい。

漱石44歳から46歳にかけての講演集。「門」を書き終え、胃潰瘍で大出血。入院後、体調をみて関西に行き講演会を開いた(娯楽の乏しい時代だったので、作家の講演でも人はよく集まったとみえる)。その時の記録。この直後に、再度胃潰瘍で入院する。 道楽と職…

夏目漱石「硝子戸の中」(新潮文庫) 「小さい私と広い世の中とを隔離しているこの硝子戸の中」にいると、政策や世論の追従になり、悪や不正義に目をつぶる。

1914年から翌年にかけて新聞に連載された随想集。小説よりも、自分の周りのことを書いたこういう随想のほうが、明治の人たちや漱石らが考えていることがわかりそう。 タイトルを「硝子戸の中(ルビによると「うち」と読むようだ。ずっと「なか」と思い込んで…

夏目漱石「道草」(新潮文庫) 男性優位と女性嫌悪をこじらせ、家事のひとつもできない明治男の孤立や憂愁を「明治精神」などから分析する気にもなれねえや。

体調がすぐれないとなると、こうも不愉快なものを書くのかね。と嫌みのひとつもいいたくなる。 健三35歳か36歳は、おそらく大学の講師。安月給で生活ははかばかしくない。というのも、両親はとうに亡くなっているのだが、年の離れた兄や姉もまた貧乏であり、…

夏目漱石「明暗」(青空文庫) 金がなく結婚に不自由を感じている男は人間関係が煩わしい。愛がない夫婦は互いのことを探ってばかりで本音や不満をぶつけあうことがない。

文庫本であれば数百ページに喃々とする漱石の大長編。普通、このくらいのサイズになると、主人公たちは大冒険をしたり、深遠な議論をしたり、いくつもの謎が解決されたり、愛憎のもつれがほどけるかよりをもどしたりもするのであるが、本作では何も起こらな…

水村美苗「続 明暗」(新潮文庫) マチズモとパターナリズムで対等に扱われなくても、女性は男を見抜き、自立を目指す。漱石作の不満を解消する傑作続編。

漱石は1916年に「明暗」を書いたが、未完で亡くなった。70年の時を経て、水村美苗が続きを書いて完結させた(単行本は1990年)。あとがきによると、いろいろ批判があったらしい。漱石らしくないとか漱石は偉大だとか漱石はこのような結末を予定していなかっ…

小山慶太「漱石が見た物理学」(中公新書) 漱石のいた時代は古典物理学の危機の時代。漱石の「非人情」は物理・数学好きのせいかも。

漱石を読み返している最中(2021年3月現在)。漱石の「文学」の解説は読む気はないが(読むと引っ張られるので参考にしないし、これまでの読みとは違うところで読んでいるので参考にならないし)、物理学なら参考になるかもとタイトルにひかれて購入。著者は…