odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2022-01-01から1年間の記事一覧

金子隆芳「色彩の科学」(岩波新書) 色をどう見るかは人間の個性がでて科学的な記述にはあまり向かないので、いかに指標化・平準化するかが色彩の科学の歴史。

色彩学は、物理学、化学、生物学、心理学、哲学などからのアプローチが可能でそれぞれの知見を積み重ねる学際(1980年代に文部省が広めようとした言葉)の学問なのだそうだ。著者は実験心理学の研究者なのだが、この啓蒙書ではもっぱら自然科学の研究史が振…

大山正「色彩心理学入門」(中公新書) 西洋の持つ価値観やバイアスが色にまとわりついているので、色彩を研究するときは注意してください。

以前、ゲーテ「色彩論」を読んだときに、本書が参考書として見つかった。 odd-hatch.hatenablog.jp 入手できたので読んでみる。 主要な関心はゲーテの論をどのように評価しているかというところ。ゲーテによるニュートン批判は物理学としては意味がない(や…

中西準子「水の環境戦略」(岩波新書) 水道システム全体のリスク管理を提案。リスクゼロは不可能で、別のリスクを生み出す。

長年、下水道研究に携わり、行政や学界から攻撃され研究費を削られてきた研究者が日本の水行政システムのおかしさを暴く。これまで著者は下水処理場を分散し、河川に戻して繰り返し使うことを主張してきた(しかし行政と学会は都市の大規模処理場にこだわり…

井上栄「感染症 増補版」(中公新書) ウィルスは飛沫感染するので、ワクチン・疫学調査・行動変容で対策する。

感染症は感染源が人から人へと移り重篤な症状を起こすもの。とくに感染性が強く、症状が重いものは伝染病と呼ぶ。感染源はウィルス、病原菌、微生物、寄生虫など。人類はずっと感染症や伝染病の対策をしてきた。人間は生物学的にはあまり変わらないが、行動…

福永武彦「死の島 上」(新潮文庫)-1 問題を起こした女性の動機をミソジニー男が探る

相馬鼎(かなえ)という25歳前後の出版社編集者がいる。下宿住まいであり、会社と下宿を往復するような生活にあるが、野心はある。いくつかの主題とモチーフを使って小説を書きあげることだ。完成すればたぶん日本の文学史になかったものができる。と思いつ…

福永武彦「死の島 上」(新潮文庫)-2 「芸術は人生が生きるに値するものでなければならない」というができたものはそれを裏切る

2022/10/28 福永武彦「死の島 上」(新潮文庫)-1 1971年の続き 相馬鼎が目指す小説はどういうものか、少し聞いてみよう。 人生をつくり変えるというより、その人生を生きている人間の精神をつくり変えることの出来るようなもの。それも作者だけの問題じゃな…

福永武彦「死の島 下」(新潮文庫) 「愛の試み」は男の愛の押し付け

2022/10/28 福永武彦「死の島 上」(新潮文庫)-1 1971年2022/10/27 福永武彦「死の島 上」(新潮文庫)-2 1971年の続き 萌木素子は広島生まれ。そのため、20歳のときに原爆に被災する。彼女は軽症であったので(しかし背中にケロイドがあり白血球減少で貧血…

堀田善衛 INDEX(小説・エッセイ網羅)

小説 2022/10/24 堀田善衛「歯車・至福千年」(講談社文芸文庫) 1947年2022/10/21 堀田善衛「広場の孤独」(新潮文庫) 1951年2022/10/20 堀田善衛「歴史」(新潮文庫)-1 1953年2022/10/18 堀田善衛「歴史」(新潮文庫)-2 1953年2022/10/17 堀田善衛「記…

堀田善衛「歯車・至福千年」(講談社文芸文庫)

堀田善衛のデビュー時からキャリアを重ねた後までの短編を集めた。作家の文庫には短編を集めたものがほとんどないので(ほかには「バルセローナにて」しか思い当たらない)、貴重。 潟の風景/風/朝/哀歌/天の誘ひ ・・・ 初期詩編。1947-48年にかけて発表。…

堀田善衛「広場の孤独」(新潮文庫)

時代は朝鮮戦争が開始され、まだ中国の介入はなかったが、その可能性が脅威とともに語られていた時代。あわせて、レッドパージが行われ、党員やシンパがいっせいに職場から追放された。一方、戦場が極めて近いことから日本の企業にはアメリカ軍の発注があい…

堀田善衛「歴史」(新潮文庫)-1

1949年秋の上海。日本はポツダム宣言を受諾して武装解除したので、兵士・民間人から撤収・帰国しつつある。国民党軍と共産党軍は内戦状態にある。上海は国民党の支配下であるが、国際都市であったので英米仏軍などが駐屯していた。とりあえず国民党政府はあ…

堀田善衛「歴史」(新潮文庫)-2

2022/10/20 堀田善衛「歴史」(新潮文庫)-1 1953年の続き さらに第2部は続く。第二部 一九四六年中国(承前)潮行的 ・・・ コメ袋は引き取られ、竜田は左林と口論になり、萩原にホテルの部屋をしばらく明け渡す。 その前夜 一九四六年十一月末日午後七時 …

堀田善衛「記念碑」(集英社文庫)

タイトルの「記念碑」とは何を象徴しているのか。本書には昭和20年1月から8月末までの日本の敗戦の様子が書かれている。歴史書では政権に近い者たちの動静が書かれ、ドキュメンタリーでは庶民や兵隊らが取り上げられる。ここでは、新橋の通信社に勤務してい…

堀田善衛「時間」(新潮文庫)

1937年南京。秋から不穏な空気が漂い、難民流民が流れ込んでくる。その後を追って日本軍が南京「入場」。すでに国民党軍は指導者ともに漢口にのがれ、置き去りの兵士と難民、市民を守るものは誰もいない。飢えた日本軍兵士は大虐殺とレイプを繰り返す。 語り…

堀田善衛「奇妙な青春」(集英社文庫)

1945年10月の出獄自由戦士歓迎人民大会から1947年2月のゼネスト中止まで。独立した長編ではあるが、登場人物は前作「記念碑」と同じで、「記念碑」の第二部にあたる。 「奇妙な青春」とは奇妙なタイトルであるが、小説の言及をみるとわかる。 「敗戦は人々に…

堀田善衛「鬼無鬼島」(新潮社)

今回読んだのは「堀田善衛集」(新潮日本文学47)で。表題作の他、「広場の孤独」「橋上幻像」「鶴のいた庭」「あるヴェトナム人」が併録。長編は別のエントリーでレビュー。 鬼無鬼島 1957 ・・・ 鬼無鬼島(きぶきじま)は薩摩半島南端のさらに先にある小…

堀田善衛「海鳴りの底から」(新潮文庫)-1

島原の乱を描いているが、その前のことを簡単に確認しておこう。 列島にキリスト教が伝来したのは16世紀半ばと思われる。すでに東南アジアがスペインやポルトガルの植民地になっていて、そこから宣教師が来るようになる。主には九州で布教が行われ、西日本ま…

堀田善衛「海鳴りの底から」(新潮文庫)-2

2022/10/10 堀田善衛「海鳴りの底から」(新潮文庫)-1 1961年の続き 島原一帯の農民、漁民、ときには下級武士、インテリ(という言葉はなかったがどう呼べばいいのか)、浪人などが妻子を率いて、原城址に集まり、みなで修繕して徹底抗戦の意思を明らかにし…

堀田善衛「海鳴りの底から」(新潮文庫)-3

島原の乱がおきた1638年というと、三代目の家光の体調が思わしくないころで、関が原から約40年、大阪城落城から約20年がたっている。その間に徳川幕府が行ったのは、全国の集権国家化。地方大名の権限や権力を大幅に奪い、裁量を許さず、中央(江戸)の判断…

堀田善衛「海鳴りの底から」(新潮文庫)-4

2022/10/06 堀田善衛「海鳴りの底から」(新潮文庫)-3 1961年の続き 小説は原城に農民他の人々が籠城するところから始まる。そう決意するまでの過程の詳細は書かれない。さまざまな村で寄り合いがあって話し合わされ、村と村の間で結論を持ち寄って合意を作…

堀田善衛「海鳴りの底から」(新潮文庫)-5

2022/10/04 堀田善衛「海鳴りの底から」(新潮文庫)-4 1961年の続き ここは点描的に。・16世紀、キリスト教を伝えたのはポルトガル人で、世界を公開して植民地を作った。それがスペイン無敵艦隊の敗北によって、海上の覇権はオランダ(とイギリス)に移る。…

堀田善衛「審判 上」(集英社文庫)第一部

雑誌「世界」に1960年から1962年にかけて連載された。 第一部 全体のイントロダクションと登場人物紹介。 寒冷地研究をしている出(いで)信也東大教授。戦前は陸軍の協力があり、戦後はアメリカ軍の協力があって、学究生活をしているインテリ。過去の経歴か…

堀田善衛「審判 上」(集英社文庫)第二部

2022/09/30 堀田善衛「審判 上」(集英社文庫)第一部 1963年の続き 長い序章をうけての第二部はワルツ。氷川丸に乗ってやってきたポール・リボートのために出(いで)家は歓迎パーティをすることになった。その準備から顛末から後始末までの2日間を書く。そ…

堀田善衛「審判 下」(集英社文庫)第三部

2022/09/29 堀田善衛「審判 上」(集英社文庫)第二部 1963年の続き 第3部になると、前の部で歓迎パーティのために集まった人々はばらばらになる。うわべでは幸福な家族であるような出家の人々は変化をみせて、それぞれがもつ敬意や敵意があらわになるようで…

堀田善衛「審判 下」(集英社文庫)第四部

2022/09/27 堀田善衛「審判 下」(集英社文庫)第三部 1963年の続き 「阿保天使、バカ天使」のポールの存在は出家の人々の紐帯を切りほどいてしまったかのよう。自分の目の前でポールが唐見子に乗り換え、拒絶されたのを見た雪見子は神経症(ママ)を病む(…

堀田善衛「スフィンクス」(集英社文庫)-1

登場人物の誰も観光に出かけていないのにタイトルが「スフィンクス」であるとははて面妖な。そこで本文の中に登場する「スフィンクス」をみることにする。 スフィンクスが、昼はあまりにも青過ぎる、そうして夜は職あまりにも澄明にすぎる砂漠の地平と天涯に…

堀田善衛「スフィンクス」(集英社文庫)-2

2022/09/23 堀田善衛「スフィンクス」(集英社文庫)-1 1965年の続き 実は主人公の二人は様々な人やグループに目をつけられて、つかず離れずの監視を受けながら、利用されていたのであった。というのも、1962年のヨーロッパと北アフリカ、アラブの情勢をみる…

堀田善衛「若き日の詩人たちの肖像 上」(集英社文庫)

個人的なことから。高校二年の冬に手に取り、熱中して読んだ。そのあと繰り返し読んだ。そしてこのような学生生活を送りたいものだと熱望した。あいにく、主人公とは逆に田舎の大学にいったために、小説のような学生生活にはならなかった。 さて、作者は50歳…

堀田善衛「若き日の詩人たちの肖像 上」(集英社文庫)-2

2022/09/20 堀田善衛「若き日の詩人たちの肖像 上」(集英社文庫) 1968年の続き 第2部はモラトリアムの時期。主に内面のことを指して言うのであるが、同時に語り手「若者」の境遇にある。なんとなれば、1936年に入学したのち、第2部が終わる1941年冬になっ…

堀田善衛「若き日の詩人たちの肖像 下」(集英社文庫)-1

2022/09/19 堀田善衛「若き日の詩人たちの肖像 上」(集英社文庫)-2 1968年の続き 高校2年時の読書の記憶を紐解けば、語り手は読書会をしたり宴会をしたりバーや料亭での酒盛りなどをさかんにしていたはずである。しかし、再読すると、それはわずかでたいて…