odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2022-01-01から1年間の記事一覧

堀田善衛「若き日の詩人たちの肖像 下」(集英社文庫)-2

第4部にはいり、繰り上げられた卒業式が行われると、徴兵検査に合格したものはすぐに赤紙が届く。男(若者から呼称変更)の友人たちの間では壮行式や激励会をしないことにしていた。街頭や駅前で行われる万歳を含む儀式に耐えられなかったから。その結果、男…

堀田善衛「橋上幻像」(集英社文庫)

1970年の小説。いきなり単行本ででた。登場人物に固有名を持たせない、詩的イメージを喚起させる文章など作家の小説の中では異色な実験作。しかし、現実(1970年当時の)と歴史を強く意識しているのはこれまでの小説と同じ。 橋へ ・・・ イントロダクション…

堀田善衛「19階日本横町」(集英社文庫)

海外にでて小説を書く日本人作家は珍しくないけど(そうか?)、作者はそのはしりのひとり。1972年のこの小説もあとがきを書いたのはパリだった。海外に住むことによって、日本人の常識やあたりまえが海外では通用しないし、日本にいては気づかないような欠…

堀田善衛「ゴヤ 1」(朝日学芸文庫)-1

堀田善衛は絵を見る人。本作の前に、古今東西の絵を見た感想を描いている。堀田善衛「美しきもの見し人は」(新潮文庫)-1堀田善衛「美しきもの見し人は」(新潮文庫)-2 ただ、この評論集にはゴヤがはいっていない。 作家は多読であり、対象になった事件・…

堀田善衛「ゴヤ 1」(朝日学芸文庫)-2

絵師は、画布に向かってだけではなく、建物の壁面に直接描く場合があった。その建物が他人の手に渡ったり、政府組織(端的には軍隊)が使ったり、外国の集団が接収して使ったりすると、絵の価値がわからずに、ずさんな使い方をする。建物の修復のさいに、勝…

堀田善衛「ゴヤ 2」(朝日学芸文庫)-1

2022/09/08 堀田善衛「ゴヤ 1」(朝日学芸文庫)-2 1973年の続き 作家はいう。 「ヨーロッパ文明の受容についての、少くとも従来の受容の仕方についての、われわれの側の不備、不幸の一つは、主として一九世紀以降のそれを、あたかも折れた矢を一本の完全な…

堀田善衛「ゴヤ 2」(朝日学芸文庫)-2

1792年。失聴。右腕や足の麻痺(のちに回復)、その他の苦痛。「聾者であるゴヤに見える、またゴヤが意志的に見る現実世界には、しかし、音がない。それが純音響を伴わぬ現実である(P235)」ことを片時も忘れてはならない。 一七九二~九三年・悪夢 ・・・ …

堀田善衛「ゴヤ 3」(朝日学芸文庫)-1

2022/09/05 堀田善衛「ゴヤ 2」(朝日学芸文庫)-2 1974年の続き 有力な支援者(であり愛人)を失い、聾疾ははかばかしくない。老いもやってきて憂愁にふける。 作者の目によると、ヨーロッパの肖像画、とくに貴族の女性のそれ、は見合い写真であった。なん…

堀田善衛「ゴヤ 3」(朝日学芸文庫)-2

2022/09/02 堀田善衛「ゴヤ 3」(朝日学芸文庫)-1 1975年の続き 堀田善衛の「ゴヤ」は全4巻なのだが、最初の二巻でゴヤは60歳の老人になる。そのあとの20年を描くのに、それまでの60年と同じ量の文章を使わねばならない。 思い返せば、作者が「ゴヤ」を連…

堀田善衛「ゴヤ 4」(朝日学芸文庫)-1

2022/09/01 堀田善衛「ゴヤ 3」(朝日学芸文庫)-2 1975年の続き 晩年。すでにゴヤ68歳(1814年)。半島戦争の影響は 「彼ら(民衆)が立ち上って戦ったのは、ナポレオンの新しい軍事雫専制主義に対してであって、フランス革命の精神に対してではなかったの…

堀田善衛「ゴヤ 4」(朝日学芸文庫)-2

2022/08/30 堀田善衛「ゴヤ 4」(朝日学芸文庫)-1 1977年の続き 「ゴャの諸作は、あまりに生々しく人間的であるために、美術作品でありながらも、美しい、という語を付することの不可能なものばかりなのである(P294)」 暗い谷間に ・・・ 1810年代の暗い…

堀田善衛「路上の人」(新潮文庫)-1

時代は13世紀。1243年のモンサヴァール城包囲戦を焦点にする。しかし、この戦い―異端審問から発する異教徒の殺戮戦―は主題ではなく、深い森からおずおずと現われ、村と村がつながりだした、西洋の中世のあり様を全的に描くことにある。作家はすでに西洋中世…

堀田善衛「路上の人」(新潮文庫)-2

2022/08/26 堀田善衛「路上の人」(新潮文庫)-1 1985年の続き 人々が森を出て、隣の村と交易を開始する。ローマ帝国の道が残っていたが、教会と王の物だったので、新たに道を作った。すると無数の人々が道を行きかう。路上を歩くのは商人、職人、下級聖職者…

堀田善衛「ミシェル 城館の人1」(集英社文庫)-1

ミシェルは「随想録(エセー)」を書いたミシェル・ド・モンテーニュのこと。1533年生まれ1592年没というから、この国では戦国時代にあたる。織田信長(1534-1582)、豊臣秀吉(1537-1598)、明智光秀(1528-1582)らを並べると親近感がわくだろうか。もちろ…

堀田善衛「ミシェル 城館の人1」(集英社文庫)-2

2022/08/23 堀田善衛「ミシェル 城館の人1」(集英社文庫)-1 1991年の続き 乱世、というしかない時代。そこにおいて知識人(という言葉はこの時代にはないが)はどう生きるか。 通常フランスのルネサンスは尻つぼみとされるが、それは文人のビッグネームを…

堀田善衛「ミシェル 城館の人2」(集英社文庫)-1

2022/08/22 堀田善衛「ミシェル 城館の人1」(集英社文庫)-2 1991年の続き 39歳にして隠棲を始めたからといって、現代のひきこもりや江戸川乱歩の作中人物のようなものを想像してはならない。高等法院の前審議官であり、貴族の領地の経営などを引き継ぐと…

堀田善衛「ミシェル 城館の人2」(集英社文庫)-2

隠棲して1572年ころから「エセー(試み)」を書き始める。以後約20年書き継がれ、全部で3巻を出版した。加筆を繰り返したので、時期によってテキストはa、b、cに区別している。いくつかの邦訳がでているが大冊。体系的な書き方をしていないので、俺のような…

堀田善衛「ミシェル 城館の人3」(集英社文庫)-1

2022/08/18 堀田善衛「ミシェル 城館の人2」(集英社文庫)-2 1992年の続き 率直に言えば、堀田善衛の著作は敬愛するところ多々とはいえ、通読するのに困難が時に起こる。「ゴヤ」がそうで、この「ミシェル 城館の人」でも2巻の中ほどで半年以上放置してい…

堀田善衛「ミシェル 城館の人3」(集英社文庫)-2

2022/08/05 堀田善衛「ミシェル 城館の人3」(集英社文庫)-1 1994年の続き 16世紀のフランスは混迷の時代。進んだイタリア、スペイン、イギリスに囲まれ、ドイツやオランダなどからプロテスタントがはいっていた。それを統合する王権はとても弱い。王様が…

堀田善衛「ラ・ロシュフーコー公爵傳説」(集英社文庫)-1

前作「ミシェル 城館の人」で16世紀フランスを描いた次作「ラ・ロシュフーコー公爵傳説」では17世紀フランスを取り上げる。この博識な観察家によると、ばらばらだった断片が一つにつながる快感を得られる。箴言(マキシム)で高名なラ・ロシュフーコー公がデ…

堀田善衛「ラ・ロシュフーコー公爵傳説」(集英社文庫)-2

2022/08/02 堀田善衛「ラ・ロシュフーコー公爵傳説」(集英社文庫)-1 1998年の続き ラ・ロシュフーコー公爵家はフランス南部の名家。この名を持つ土地を所領にして、フランス王の覚えも愛でたかった。本書の主人公フランソア六世・ド・ラ・ロシュフーコー公…

ダンテ「新生」(岩波文庫) 俺が見るところ本書は詩作を志す人々への指南書。擬人化された「愛」が苦悩するダンテの魂を浄化する。「神曲」天国編の予告。

イタリア(という国も概念もなかった時代だとおもう)の大詩人ダンテが若き日に書いた。 1293年前後、詩人が28歳のころ、それまで書きためた詩31編を骨子にし、これらを分析解説する散文を加えて全42(もしくは43)章にまとめあげた詩文集。詩の内訳はソネッ…

ダンテ/野上泰一「神曲物語」(現代教養文庫)-1「地獄篇」 コペルニクスより前でもすでに地球は球であることがわかっていた。地球の中心に向かう地下に地獄がある。

13-14世紀の詩人で政治家のダンテが書いた畢生の大作。成立の背景その他はwikiを参照。 ja.wikipedia.org すでに森鴎外の紹介以来数種の翻訳がでている。岩波文庫や集英社文庫などで入手可能。でも、厳格な規律に従って書かれた700年前(1300-1320年にかけて…

ダンテ/野上泰一「神曲物語」(現代教養文庫)-2「浄罪篇」 地球の中心を抜けて魂は天堂に向かうが、肉体や穢れた魂は重力に引っ張られるので上昇できず、高い天に行けない。

2022/07/28 ダンテ/野上泰一「神曲物語」(現代教養文庫)-1「地獄篇」 1300年の続き ダンテ「神曲」の韻文訳は数種類でていて、古いものはネットで見つけることができる。そういうのをいくつか目を通してみたが、厳密な逐語訳では筋を負うことが難しい。ま…

ダンテ/野上泰一「神曲物語」(現代教養文庫)-3「天堂篇」 10の天からなる天堂界はプトレマイオスの宇宙。神は他から動かされず、他を動かし、愛と望みを持つから信仰を持たなければならない。

2022/07/28 ダンテ/野上泰一「神曲物語」(現代教養文庫)-1「地獄篇」 1300年2022/07/26 ダンテ/野上泰一「神曲物語」(現代教養文庫)-2「浄罪篇」 1300年の続き ヴィルジリオの案内で行く地獄と煉獄では、多くの障害があり、あるいはダンテの知り合いと問…

イタロ・カルヴィーノ「くもの巣の小道」(福武文庫) 北イタリアのパルチザン活動。戦時を日常になると、人は疲弊し人間の弱点を露わにして分断を強める。

イタロ・カルヴィーノの最初の長編小説。カルヴィーノはパルチザンに加わっていたし、WW2戦後にはイタリアで「レジスタンス小説」が多数出版されたそうだ。その時流に乗っていながら、ズレたところのある小説。 おそらく1944年夏の北イタリア(具体的な年月…

イタロ・カルヴィーノ「むずかしい愛」(岩波文庫) 大衆社会における恋愛の困難さはコミュニケーションの機会と技術の不足。

解説を読んでも発刊の経緯はよくわからない。1958年初出の似たようなテーマを集めた短編集。 ある兵士の冒険 ・・・ 汽車に乗っている兵士が豊満な若い女性に愛撫を試みる。言葉のないコミュニケーションを言っているのかもしれないが、行為は痴漢そのものな…

イタロ・カルヴィーノ「レ・コスミコミケ」(ハヤカワ文庫)-1 Qfwfq老人(別の訳者ではクフウフクと表記)のホラ話。宇宙的進化論的な超歴史的、非人間的できごとを通俗的な物語に換骨奪胎。

Qfwfq老人(別の訳者ではクフウフクと表記)のホラ話。科学の記述を聞くと、わしはそこにいたと叫んで、思い出話に花を咲かせる。1965年初出。 月の距離 ・・・ 月の軌道がいまより地球に近かったころ。老人のいた岩礁から月にいくことができた(途中の無重…

イタロ・カルヴィーノ「レ・コスミコミケ」(ハヤカワ文庫)-2 Qfwfq老人(別の訳者ではクフウフクと表記)のホラ話。「私」から抜けられないモノローグの文体なのに、自閉的ではない。

2022/07/19 イタロ・カルヴィーノ「レ・コスミコミケ」(ハヤカワ文庫)-1 1966年の続き Qfwfq老人のホラ話。後半。 いくら賭ける? ・・・ 宇宙ができるまえ、何が起こるかを老人は学部長と賭けをする。どんどんエスカレートして地球の歴史のささいなことま…

イタロ・カルヴィーノ「柔らかい月」(ハヤカワ文庫、河出文庫)-1  Qfwfq老人(別の訳者ではクフウフクと表記)のホラ話。生命現象を語る自己の特権性を強調できなくなる。そうすると、語り手は自分を普遍的なお喋りシステムにするしかない。

「レ・コスミコスケ」1966年に続く1967年の短編集。第1部はQfwfq老人のホラ話。訳者が変わったので、老人のイメージから中堅サラリーマンのようになった(一人称が「わし」から「私」に変更)。でも、底を流れるのは過去が回復しないことへの諦念。同類や仲…