odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

アメリカ文学_エンタメ

エリック・ラッセル「パニック・ボタン」(創元推理文庫) リベラルなアメリカの物知りおじさんでも、1950年代の悪意や偏見から逃れられない。

追伸1953 ・・・ 人生の晩年を迎えた医師。そこからでたことのない街のコーヒーショップで教え子と出会う。教え子は宇宙飛行士になりさまざまな惑星をめぐっていた。そのときに、不快な惑星の不快な異星人の話をし、その写真を見せる。驚愕したのは、写真に…

エリック・ラッセル「わたしは無」(創元推理文庫) 1950年代SF黄金期のリベラルな短編は21世紀にはアメリカ〈帝国〉の正当化になって手放しで褒めるわけにはいかない。

1905年生まれ1978年没。同じころに生まれた作家にはフレドリック・ブラウンやヴァン・ヴォークトなどがいる。イギリス生まれだけど、アメリカで活躍していたので、アメリカのSF作家のくくりにしてよいかしら。バロウズやスミスと、アシモフ・ハインライン・…

ロバート・ネイサン「ジェニーの肖像」(ハヤカワ文庫)

大不況から10年も経過していたが、経済は復興せず、青年画家イーベンは売れない風景画しか書かない。夕暮れの公園で一人の少女に出会う。数日後に再開したとき、彼女ジョニーはなぜか数年を経たかのように成長していた。イーベンは彼女に魅かれ、肖像画を描…

ロバート・ブロック「サイコ」(ハヤカワポケットミステリ) 小説のノーマン・ベイツは小柄でずんぐりしたデブ。こいつに共感すると小説は怖くない。

自分のもっているのは創元推理文庫ではなく、1975年初出のハヤカワポケットミステリ。なので、タイトルは異なっている。画像参照のこと。 さて、ヒッチコック監督の1961年の映画「サイコ」の原作であるということで、もう紹介は完了。くだくだしいストーリー…

シャーリー・ジャクスン「山荘綺談」(ハヤカワ文庫) 霊とか悪神とか念動力とかの認識不可能な存在のせいにできないのは現代の幽霊屋敷ものの苦しいところ

シャーリー・ジャクスン「山荘綺談」とリチャード・マシスン「地獄の家」(ハヤカワ文庫)をあわせて。ほぼ同日にまとめて読んだので。 どちらも幽霊屋敷ものホラーの古典。前者は1951年、後者は1972年の作。現在は、「山荘綺談」ではなく、「たたり」創元推…

C・G・フィニー「ラーオ博士のサーカス」(ちくま文庫) サーカスをテーマにしたファンタジーの傑作のひとつ。数々の予言や奇蹟を貶しめてしまう凡庸な住民はわれわれ読者そのもの。

アリゾナ州アバローニ市にサーカスが来たネ。ラーオ博士(老先生のほうがよろし)が団長ネ。サーカスにはメデューサがいるヨ、スフィンクスがいるヨ、キマイラに人魚がいるヨ。あそこではアポロニウスが占いをしているネ、今度死人を生き返らせるアルので、…

トム・リーミー「沈黙の声」(ちくま文庫) サーカスをテーマにしたファンタジーの傑作のひとつ。残酷な出来事で悲痛を経験しなければならない。

誰だったか、サーカスをテーマにしたファンタジーの傑作には、ブラッドベリ「何かが道をやってくる」、C・G・フィニー「ラーオ博士のサーカス」、それにこの「沈黙の声」があると言っていた。そのときにはサンリオSF文庫は絶版になっていたので、入手で…

トム・リーミー「サンディエゴ・ライトフット・スー」(サンリオSF文庫)

トム・リーミーは1935年テキサス州生まれ。長じてファンジンを作っていたが、作家にはならず映画界で仕事をしていた。40代になって作家に転業。しかし1977年に心臓麻痺で死亡。実質的な活動期間は3年で、長編「沈黙の声」とこの短編集がほぼすべての作品。…

トマス・トライオン「悪を呼ぶ少年」(角川文庫)双子の片方がもうひとりのいたずらや事件を必死で止めようとするのだが・・・

竹本健治「匣の中の失楽」にでてくる双子の愛称が、このホラーの主人公たちからとられていた。そのためにこの小説にはずっと興味があったにもかかわらず、1990年ころは品切れになっていた。最近、角川ホラー文庫で復刊された(といっても古本屋で買ったので…

トマス・トライオン「悪魔の収穫祭 上」(角川文庫)

「悪を呼ぶ少年」に続く第2作。1973年。 大手会社の広告担当重役ネッド・コンスタンチンは社長とけんかして退社し、ニューイングランド州コーンウォール・クームという村に1700年代初頭に建てられた家を見つけ、妻と娘の3人で移住する。 この村は極めて閉…

トマス・トライオン「悪魔の収穫祭 下」(角川文庫)

トマス・トライオン「悪魔の収穫祭 上」(角川文庫) - odd_hatchの読書ノート 村がどうなっているのか、というのが大問題なのだけれど、それは新参者のネッドには把握できない。なんとなれば、村人は彼に説明しないから。現在のとうもろこし王ジャスティン…

スティーブン・キング「呪われた町 上」(集英社文庫) キングのほかの長編のモチーフをひとつにまとめた、なんて贅沢な小説なのだろう。いや順番は逆だ。

およそ20年ぶりに読んで、既視感を覚えたのは、「ほかの長編のモチーフをひとつにまとめた、なんて贅沢な小説なのだろう」ということ。もちろん順番は逆。これは1975年に出版された第2作(売れない時代に書いた別の長編があるのだけど。「バトルランナー」と…

スティーブン・キング「呪われた町 下」(集英社文庫) 古い怪奇小説とB級映画の使い古されたプロットと定番シーンをモダンに描く筆力に驚嘆。

駆け出しの小説家ベン・ミラーズは数十年ぶりに故郷の街に帰ってきた。それは二つの目的があり、ひとつは交通事故で死なせた妻の幻影を消すため、もうひとつは彼のオブセッションである幼児体験の正体を確かめるため。メイン州にあるセーラムズ・ロットとい…

スティーブン・キング「ミザリー」(文春文庫) ラブクラフトやポーでは暗示にとどめられるくらいの恐怖が、モダンホラーでは残虐描写にとって代えられる。

人によると「モダンホラーは怖くない」そうだ。ミザリーもしかり。 「事故で動けなくなった作家を監禁し、自分だけのために小説を書かせようとする自称“ナンバーワンの愛読者”。ファン心理から生じる狂気を描くサイコ・スリラーの傑作」 http://www.bunshun.…

F・ポール・ウィルソン「黒い風 上」(扶桑社文庫)

解説によると1930-40年代のパルプマガジンに書かれた黄禍論のパスティーシュとのこと。黄禍論の小説がこの国に紹介されるとはとても思わないので、専門の雑誌があったなど、この本を読まなければ知ることはあるまい。パルプマガジンは、ハードボイルドかSFか…

F・ポール・ウィルソン「黒い風 下」(扶桑社文庫)

物語を推進する原動力は<隠れた貌>の暗躍であるが、その全貌を知り、未来を予見できるものは一人としていない。それゆえ、大枠は史実の通りに進み、226事件、真珠湾奇襲、ミッドウェー海戦、アリゾナの原爆実験、8月6日の広島投下までがそのとおりに記述さ…

J・マッカレー「地下鉄サム」(創元推理文庫) 1920年代のアメリカ大衆文化の物語を同時期のこの国の貧乏インテリやサラリーマンは愛した。

地下鉄をもっぱらの仕事場とするスリのピカレスクノヴェル。1919年がアメリカの初出で、「新青年」で連載が開始されたのが1922年のこと。翻訳者は「新青年」の編集長を務めた人なので、確かなことなのだろう。 サムは下町の中年独身男。スリを本業としていて…

パーシヴァル・ワイルド「検死審問」(創元推理文庫)

コネチカット州ニューイングランドの田舎で、女性大衆小説作家70歳の誕生パーティが開かれた。独身時代に書いた勧善懲悪の小説が売れに売れたという気難しい女性だ。パーティに来たのは、犬猿の仲の批評家に、出版代理人に、甥の二つの家族たち。金のない家…

ハーバート・ブリーン「ワイルダー一家の失踪」(ハヤカワポケットミステリ)

古い家、といっても18世紀の終わりから19世紀の初頭に建てられたものが歴史あるものになるからアメリカの歴史はまだまだ浅いものといえる。そういう一家としてワイルダー家がある。ここには嫌な言い伝えがあって、この一家のものは失踪するのだ、それも不可…

ハーバート・ブリーン「真実の問題」(ハヤカワポケットミステリ) マッカーシー旋風が収まったころに、正義を追求するために不幸になることを受け入れるか葛藤する。

この作家は、第1作「ワイルダー一家の失踪」(ハヤカワポケットミステリ)を読んでいた。都筑道夫によると「イギリス趣味のないカー」であって、たしかこの一家の主人(というか家長)が次々と不可解な状況で失踪していくという話であった。アメリカ南部あた…

パトリック・クェンティン「二人の妻をもつ男」(創元推理文庫) ブルジョア階級におこる家族は犯罪に巻き込まれ不安にさいなまれ、父権が失墜する。

「ビル・ハーディングは、現在C・J出版社の高級社員として社長の娘を妻に迎え、幸福な生活を送っていた。ところがある晩、偶然に前の妻、美人のアンジェリカに会った。この時からビルの生活には暗い影がさし、やがて生活は激変し、殺人事件にまきこまれて…

トマス・スターリング「一日の悪」(ハヤカワポケットミステリ) 死期が近づいた富豪が3人を招待して相続人になるかもとほのめかす。殺人が起き、互いが告発しあう。

ベン・ジョンソンの古典喜劇「ヴォルポーニ」が下敷きになっている、のだそうだが、どうやら翻訳はない模様。 とりあえずサマリーを劇のように書くとだな。 序幕--ヴェニスに住む富豪が別々のところに住む3人に招待状を出す。死期が近づいてきたが、身寄りも…

ヘイク・タルボット「魔の淵」(ハヤカワポケットミステリ) 作家・評論家が高評価を下した、専門家や職業人の教科書になる密室殺人ミステリー。

まず周辺状況から。1981年にE.ホックが「密室大集合」というアンソロジーを編むときに作家・評論家などに、密室の代表長編をあげるようにというアンケートを行った。第1位はカーの「三つの棺」、これは順当だな、第2位は驚くべきことにこの作。なにしろ1944…

クレイトン・ロースン「帽子から飛び出した死」(ハヤカワ文庫) 手品師、降霊術者、神智学者に起きた密室殺人は魔術のようにも奇術のようにも見える。

「奇術師の防止からウサギやハトが飛び出すように、完全密室の中から摩訶不思議な殺人事件が飛び出した! 煙がもうもうとたちこめる真っ暗な部屋の中で、各頂点にローソクが妖しくゆらめく五ぼう星形の模様のまんなかに、神秘哲学者セザール・サバット博士が…

アラン・グリーン「くたばれ健康法!」(創元推理文庫) 原題は「What a Body!」。このダブルミーニングに注目。

「全米に五千万人の信者をもつ健康法の教祖様が、鍵のかかった部屋のなかで死んでいた。背中を撃たれ、それからパジャマを着せられたらしい。この風変わりな密室殺人をキリキリ舞いしながら捜査するのは、頭はあまりよくないが、正直者で強情な警部殿――!? ア…

ウィリアム・ヒョーツバーグ「ポーをめぐる殺人」(扶桑社文庫) 1923年のアメリカ「old good days」に起きたミステリー。探偵作家ドイルはオカルト好き、奇術師フーディニは合理主義という対比。

「1923年、繁栄と狂乱に沸くNYに、『モルグ街の殺人』がよみがえった。作品そのままの残虐な現場と、大猿の目撃 − だがそれは序曲にすぎなかった。『黒猫』が、『マリー・ロジェ』が、ポーの作品が悪夢の連続殺人となって次々に現実化していく。探偵役は、…

ビル S.バリンジャー 「歯と爪」(創元推理文庫) 主人公リュウは、探偵であり、犯人であり、被害者。初版は結末が袋とじされ解説ともども読めないようになっていた。

創元推理文庫に収録されたのは1975年ころと記憶している。末尾四分の一くらいが袋に覆われ、解説ともども読めないようになっていた。袋には、ここを開封しないで返品すれば代金を返しますと書かれている。結末命のエンターテインメントだからそうすることが…

ロアルド・ダール「あなたに似た人」(ハヤカワ文庫) 〈あなたに似た人〉は読者のあなたよりハイブロウでハイソ。

1976年3月のハヤカワ文庫創刊の初出は、「そして誰もいなくなった」「幻の女」「ウィチャリー家の女」などの圧倒的なラインアップで、ポケミスを買えない自分はすぐに購入した。あいにく高校生で小遣いに不自由していたので、なかなか揃えられない。「あなた…

ジャック・リッチー「カーデュラ探偵社」(河出文庫) 日光と鏡を嫌う吸血鬼は就職しないといけない資本主義社会でどのように種族維持を図ればよいか。

吸血鬼は人間の血を吸い、被害者を吸血鬼にすることによって種族を永らえている生物?である(とする)。吸血鬼同士は生殖できないということにしておこう。となると、吸血鬼という種が保存されるためには人間という宿主が必須である。このような種族増加の…

ハリイ・ケメルマン「九マイルは遠すぎる」(ハヤカワポケットミステリ) 神の言葉の意味を考える神学的な思考を突き詰めると人間に無関心になる

文庫になる前にポケミスを買って読んだ。最初の作は驚きだったなあ。たぶん、論理的な演繹の執拗さにだろう。論理に行き詰ったら、特殊例だけに絞ったり、別の補助線を外から導入したりするものだもの。ケメルマンのやりかたは神の言葉の意味を考える神学的…