odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ジョン・ブラックバーン「小人たちがこわいので」(創元推理文庫)

 ウェールズキリスト教化される以前の文明が残る場所とされる。古代の巨石遺跡もあって、ファンタジーの舞台になることがある。現在でも、生粋のウェールズ語が残っていて、それをしゃべられるとロンドンのイングランド人には通じないくらい。

 この小説でも、ウェールズのリンフリートと呼ばれる荒野と小高い山地が舞台になる。この荒れた岩場には、古代文字の残る遺跡があるらしく、その周囲に住む人々に恐れられていた。したがって、現在その地で事業を開始した飛行機製造会社を彼らは快く思っていない。近代工場があるだけでもおぞましいうえに、その社長は遺跡の発掘を開始し、一方で使われなくなった農家をヒッピーに解放したのである。そのうえ、リンフリートの周辺では、動物の大量死や食中毒が繰り返し発生し、原因になりそうなのは、飛行機工場と経営を同じくする化学工場か原子力発電所しかない。とすると、その廃液が被害の原因ではないかとなぜか外務省情報局長が生物学(ママ)でノーベル賞をとった教授に調査を依頼する。
 ここらは、1972年発表当時の時代状況を色濃く反映している。オカルトや超古代史の関心が一般までおりてきたし、公害と原子力発電所の危険性が認識され始めた。そして社会からドロップアウトした若者らがドラッグを吸いながら放浪するというのもよく見られた光景。
 生物学教授(にはちっとも見えない)は、「騎士の丘」と呼ばれるこの地で妻に事故が起こり、流産していたのを気にしている。情報局の依頼で来た時も、危うく自動車事故に巻き込まれそうになった。調査を開始するために、飛行機会社の社長宅を訪れる。数日後、夜更けに「騎士の丘」を登っていた社長はなにものかに惨殺された。さてこここから大量の情報が次々とでてくる。
・飛行機会社社長はエンジン音の制御に関心を持ちじぶんでいろいろ試した機器を取り付ける。あまり静音には役立たない。そのうえ、高価なソ連製部品を使うことにした。
・化学工場の主任研究者は元ナチス。どうもポーランド生物兵器の開発にかかわっていたらしいが、証拠不十分で不起訴。そのような怪しい経歴のものを社長は雇用する。
・「騎士の丘」とケルト文明に入れあげた頭のおかしい元判事がいる。彼は調査の結果を文書にまとめだしたときに、何者かに惨殺された。なくなったと思われた原稿は社長の書斎で見つかった。
・社長の妻は「騎士の丘」周辺の地主。遺産相続で土地を手放すことになりそうなときに、社長と結婚した。どうやら社長の下僕と通じているらしい。
・社長はソ連製の部品を使うにあたり、ソ連の諜報部員と密な連絡を取っているらしい。
・化学工場の廃液からは人工微生物が発見される。それは宿主を変えるごとに毒性を増していき、抗生物質が効かない。
 さまざまな事故や事件は社長の周りに集中しているが、容疑者はすでに死んでいる。彼の残した資料をみたり、口の重い地元民から話を聞いて、教授は謎の解明に迫ろうとする。もっとも事情に通じていると思われる医師もなにものかに惨殺された。妻が行方不明になり、「騎士の丘」に人々が集まり、何かを待っている。
 たった240ページしかないのに、これだけの情報を詰め込んだ。キングやクーンツならば、500-600ページの大長編にしようものを。文体が禁欲的で物語や人物描写が膨らまず、英国紳士のつつしみはアクションを控えめにし、科学的な解明を徹底する科学者と情報局長のおかげでオカルトの破天荒さがかけない。圧縮が強いために、だれにも感情移入できず、ラストのアタック・アンド・エスケープもサスペンスの効果が高まらない。まあ、キング登場前だから、分厚い本にできなかったのも仕方がないか。上のような互いに無関係と思われる情報や関係を最後に一つの絵にまとめたのは、イギリス探偵小説の伝統を守っているとは思うが、その推理は教授の思い込みだよなあ。そんな不満がそこかしこに。意がありあまって、技が足りなかった。
 初版からしばらく品切れで入手難だったのをようやく手に入れたが、期待を満たすほどの内容ではなかった。ちょびっと都筑道夫のホラー(こちらが後。タイトルは秘密の日誌にかいておく)に似ている。