アーサー・O・ラヴジョイ「存在の大いなる連鎖」1936年のもとは1933年のウィリアム・ジェイムズ記念講演会での連続講演。それを1936年に出版した。邦訳は別にちくま学芸文庫からでているが、訳者(山形浩生氏)は不満足だったのでみずから全訳し(かつレジュメの作成と解説までと大奮闘)、ネットで公開した。今回読んだのはこの版。ブログで解説記事を読まなければ絶対に手にすることはなかった。読んでみたら、とてもおもしろい。この機会をつくってくれて感謝。
訳者によるパワポまとめがあるので、そちらを参考に。こんなに簡潔なまとめは俺には作れないなあとため息。おかげで、読書がよく進みます。
全体のまとめ
各章のまとめ
第1講:観念史の研究とは
第2講: ギリシャ哲学における観念の創成: 三つの原理
第3講: 中世思想における存在の連鎖と内部紛争
第4講: 充満の原理と新しい宇宙観
第6講: 18世紀思想における存在の連鎖と、人間の立場や自然における役割
第7講: 充満の原理と18世紀楽天主義
第8講: 存在の連鎖と18世紀生物学の一部側面
第9講: 存在の連鎖の時間化
第10講: ロマン主義と充満の原理
第11講: 「存在の連鎖」史の結末とその教訓
アーサー・オイケン・ラブジョイは観念史を提案する。世の中には哲学史とか思想史とかがあふれている。そこでは主に人と著作に注目して、その人や本の思想に注目し、その問題意識を引き継いだ後世の人や思想への流れを描くというように書かれる。そうすると、哲学史や思想史は時代や場所ごとの流行り廃りをみたり、人の関係を基にする流派の交代を見たりする。ラヴジョイはそれはいいけど、それらの共通する観念の基本単位がある。それに着目すると、実は西洋は2000年以上、同じことを考えていた。そのアイデアはたくさんの人によってしつこく考え、議論し、矛盾を指摘しあい、それを克服することを繰り返してきた。でも、その考えは論理的には成り立たないし、世界を観察・観測しても実証されなかった。それに気づいているようだけど、だれも大声で言わないので、今だ(20世紀)になっても破綻した古い考えを持ち出す愚か者がいる。そこで、ここでひとつダメになった理由をお話ししよう。ということから本書は始まる。
西洋が固執した観念の始まりは古代ギリシャ。最初の発信者もほぼ特定できていて、それはプラトン。彼(ら)は、完全で完璧で絶対な〈何か〉が世界(world:この中に宇宙universeがある)を作っていて(それを「異世界性」という)、その〈何か〉が作った存在である人間と地球は不完全で不安定(それを「この世性」という)。この世界を統括するのは、三つの原理。
充満性:〈何か〉の叡智や精神で世界は満ちている(ちなみにこれを善や愛で説明することが多いが、道徳の善でも人間関係の愛ではない。〈何か〉の叡智や精神で世界を満たそうとするのが善性であり、〈何か〉の愛)。
段階性:充満しているけど存在はその位階に応じて善性や愛の配布には濃淡があって、高い方から低い方まで段階がある(グラデーションがある)。
連続性:濃淡のように連続していて、断絶や飛躍はない(すき間があると充満しないから:なのでアリストテレスは「真空嫌悪」などともいう)。
この原理は、宇宙の構成物にも地上の生き物にも、あらゆる存在に適用される。すなわち。地球から天までには無限の階層があり、地上の生物と無生物にも階層がある。階層は連続的で断絶しない。そういうのをひっくるめて「存在の大いなる連鎖」という。
古代末期ごろのキリスト教神学になると〈何か〉は神と記されるので、以後のメモは神を使用。充満の原理と連続の原理で理論武装された「存在の大いなる連鎖」は世界を説明できていると思われた。たとえばダンテは神曲の天国篇の冒頭をこのように書き記す。
「萬物を動かす者の榮光遍く宇宙を貫くといへどもその輝の及ぶこと一部に多く一部に少し」(山川丙三郎訳)
でも。この原理を徹底すると問題が出てくる。
1.神は完璧で完全、世界に善性はあまねく行き渡っている。ではなんで人間のようなクズで未完全な存在ができているの。神の善性や愛は充満していないじゃん。
2.この世にある人間や地球は神の成果物。人間は神に近づくことができる。ではなんで神は人間のようなクズで未完全な存在しかつくれないの。神は至高でもないし絶対でもないじゃん。
「異世界性」と「この世性」はトレードオフの関係にあって、どっちかをたてればどっちかがダメになるという議論だった。以後は、このトレードオフの取り繕いの歴史。アベラールもアウグスティヌスもトマス・アクィナスも、デカルトもパスカルもカントも、ライプニッツもスピノザも、「存在の大いなる連鎖」ではどれほど屁理屈をいってきたか。他にもたくさんいる「二流」思想家も同様。彼らの言い分がどんなにダメだったか、ラヴジョイはめったぎりにする。それは本文を読んで楽しんでください。
(といいながら、彼らの思想を知っているのは前提ということでラヴジョイは話しているので、高校レベルの哲学知識ではちょっと厳しいかもしれない。あと力学と天文学の科学史も知っておいた方がいいよ。コペルニクス、ガリレイ、ケプラーの流れあたり。後半には博物学と進化論もでてくるので、生物学の歴史知識もあったほうがいい。)
〈付記〉トマス・アクィナスの思想が「存在の大いなる連鎖」でぐるぐる回転している様子はこちら。ラヴジョイの本を読む前に書いた感想だが、屁理屈なのには俺は気づいていたようだ。
稲垣良典「トマス・アクィナス『神学大全』」(講談社学術文庫)
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2025/12/04 アーサー・O・ラヴジョイ「存在の大いなる連鎖」(KINDLE版)-2 「神の完全さは世界にあふれている」と「人間は神の叡智と精神を宿している」はトレードオフ。西洋人は自分に似たものを求めて宇宙人とUMAを探す。 1936年に続く