odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2023-01-01から1年間の記事一覧

西村京太郎「太陽と砂」(講談社文庫) 総務省がイメージする「二十一世紀の日本」に沿うようにこしらえた迎合と翼賛の小説。

この小説の来歴は少し変わっている。1967年に総務省が「二十一世紀の日本」をテーマにした懸賞小説を募集した。これに当時新進作家だった西村京太郎が応募して、賞金500万円を手に入れた。すでに乱歩賞も受賞していたが、ヒットに恵まれていたわけではない作…

西村京太郎「殺しの双曲線」(講談社文庫) 雪の閉ざされた山荘テーマに気を取られると冒頭の「双生児トリック」宣言を忘れる

冒頭で作者はこの推理小説は双生児トリックを使っていると明記している。奇術ではよくある趣向(入れ替わりや瞬間移動など)だが、ノックスの十戒やヴァン・ダインの二十則でも、双生児を登場してはならないという一項があった。19世紀末の短編探偵小説全盛…

西村京太郎「消えたタンカー」(光文社文庫) 海洋炎上事故の生き残りに届いた殺人予告。姿なき暗殺犯を追う日本版「ジャッカルの日」

平成以降の日本のエンタメは列島を舞台にするどころか、半径50m程度の日常を書いたりして、どうもせせこましいという印象をもっている。本屋でみかけてもめったに手にしないし、読むまでにいたらない。そこで50年前のエンタメ(1975年刊)を読む。スケー…

西村京太郎「発信人は死者」(光文社文庫) 敗戦から30年たっても消えない戦争責任の追及。団塊世代はインターナショナルをめざす。

1960-70年代のこの作家の仕事はとても力が入っている。ミステリや推理小説には入らない作品だし、サスペンスというにはいささか浮世離れした荒唐無稽さがあるのだが、それでもこの作品を書きたいという意欲がとても強く伝わってくる。 1977年、アマ無線のマ…

西村京太郎「七人の証人」(講談社文庫) 全財産をはたいて無人島に事件現場を再現し、七人の証人を集め過去の事件の証人尋問をやり直す。コスパがあうのかと突っ込むのはなし。

西村京太郎は「名探偵」シリーズをかいたように、ミステリマニアなのであって、1970年代の長編には「本格推理」を少しひねった趣向で書いたものがあるのだ。この「七人の証人」はノーマークだったが、カバー裏表紙のサマリーを見て読むことを決めた。 十津川…

臼杵陽「イスラエル」(岩波新書) この国はシオニズムを統合理念にしているわけではない

全体主義の脅威を考えていくと、そのもとになった反ユダヤ主義にふれないわけにはいかない。反ユダヤ主義に関連するような本を読んできたが、20世紀ではユダヤ教ないしユダヤ民族国家としてのイスラエルを避けては通れない。とはいえ、断続的な報道でイスラ…

藤原帰一「戦争を記憶する」(講談社現代新書) 日本人は敗戦と占領を直視できないので、ナショナリズムの自己愛の物語で戦争責任を無化しようとする。

2001年。1990年代にこの国でもホロコースト否定、南京虐殺否定、自虐史観脱却などの歴史捏造が言論界に現れてきた。ヨーロッパではヘイトクライムが目立って発生し、極右が移民や難民排斥を主張するようになる。 「歴史の記憶とは? 「国民の物語」とは? 戦…

アラン・B・クルーガー「テロの経済学」(東洋経済新報社) 事実に基づかないテロリストのプロファイリングは間違っている

1990年以降のテロ事件を分析して、テロの対する我々の思い込みを正す(2007年刊)。 その結論は本文にはかいてないので、日本の編集者の手になると思われるカバーのサマリーをみなければならない。引用すると、 「実証データから明らかになったテロに関する…

読書感想のエントリーが3000に到達

タイトルの通りです。カミュかメーテルランクのどれかのエントリーで3000になりました(日記やPDF自炊のエントリーは除く)。 2000に到達したときは 読書感想のエントリーが2000に到達 - odd_hatchの読書ノート なので、1000増えるのに5年半かかり…

メーテルランク「ペレアスとメリザンド」(岩波文庫)-2 第1幕第2幕 異教の少女が無理やり結婚させられ、危篤の親友に会いたい少年は城からでられない。

「まいにちフランス語 応用編 オペラで学ぶ「ペレアスとメリザンド」を読む」が2021~22年にNHKで放送された。講師は川竹英克さんとジョジアーヌ・ピノンさんの二人のフランス文学者。講師によるとメーテルランクの原文はわかりやすい簡単なフランス語で書か…

メーテルランク「ペレアスとメリザンド」(岩波文庫)-3 第3幕第4幕(続く) 父親不明で懐妊させられたメリザンドと城から出たいのに許されないペレアスは分裂にさいなまれ、大人にいじめられる

2023/09/05 メーテルランク「ペレアスとメリザンド」(岩波文庫)-2 第1幕第2幕 異教の少女が無理やり結婚させら、危篤の親友に会いたい少年は城からでられない。 1893年の続き どうしてもワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を想起してしまうので、気づか…

メーテルランク「ペレアスとメリザンド」(岩波文庫)-4 第4幕(承前)第5幕 大人に反抗しないように躾けられた少女と少年はいないものにさせられる。

2023/09/04 メーテルランク「ペレアスとメリザンド」(岩波文庫)-3 第3幕第4幕(続く) 父親不明で懐妊させられたメリザンドと城から出たいのに許されないペレアスは分裂にさいなまれ、大人にいじめられる 1893年の続き メリザンドは少女であるが肉体の存在…

村山則子「メーテルランクとドビュッシー」(作品社) 戯曲とオペラのリブレットの違いを検証。ここに書かれなかったミソジニーやフェミニン視点が大事。

最近(2023年)、ドビュッシー唯一のオペラ「ペレアスとメリザンド」が大好きになってしまった。ドビュッシーの最高傑作の音楽は、毎日数回聴いても飽きない。ようやく音楽は耳になじんできたとはいえ、テキストの理解が危ういので、本書で勉強する。あと2…

アルベール・カミュ「異邦人」(新潮文庫)-1 植民地で起きたヘイトクライム事件の概要。ムルソーにとって太陽はフランス国家の象徴。

この高名な小説に関する言説で奇妙なのは、語り手の「私」はなぜ「異邦人」なのか、どこに対して異邦であるのかが問われていないことだ。語り手の「私」は裁判官にも陪審員にも弁護士にも司祭にも愛されていない、共感を得られていない。その理由は、「私」…

アルベール・カミュ「異邦人」(新潮文庫)-2 植民地で起きたヘイトクライム事件の背景。無神論者は地獄行きになる。

2023/08/29 アルベール・カミュ「異邦人」(新潮文庫)-1 植民地で起きたヘイトクライム事件の概要。ムルソーにとって太陽はフランス国家の象徴。 1942年の続き このように事件の構造は、フランス人による植民地先住民へのヘイト殺人だ。そのように解釈する…

アルベール・カミュ「シーシュポスの神話」(新潮文庫)-1 自意識過剰でフラフラしている青年が不満をぶちまけた哲学風な独り言

アルベール・カミュくん(1913年生まれ)が20代の後半に書いた哲学風エッセイ。同じ年齢で読んだら感動しただろうが、初老で読むとその稚気がほほえましく、性急さに落ち着けよと言いたくなり、「ぼくが、ぼくは、ぼくの、ぼくを」が頻出する語り口にそうい…

アルベール・カミュ「シーシュポスの神話」(新潮文庫)-2 近代ヨーロッパに現れたある種の人たちが感じる自己肯定感の欠如

2023/08/25 アルベール・カミュ「シーシュポスの神話」(新潮文庫)-1 自意識過剰でフラフラしている青年が不満をぶちまけた哲学風な独り言 1942年の続き アルベールくんの「不条理」に関する饒舌は、人間の普遍的な性格を分析したのではなく、近代ヨーロッ…

ハロルド・ウィンター「人でなしの経済理論」(バジリコ) 「正義の対立」はトレードオフで解決可能(でも功利主義は万能ではない)

原著は2005年で邦訳は2009年。複数のステークホルダーがいて、解決の調停や交渉が難しい時、それぞれの費用と便益を数値化して(下にあるようにデータにバイアスがあるとか、統計がとりにくいとか問題はあるが)、トレードオフを考慮することを推奨する。な…

小林和之「『おろかもの』の正義論」(ちくま新書) 「生命」「自由」はメタ価値ではない。「特別な」価値だ。

「正しさ」を考えるやり方について。2004年刊行。 第1章 「正しさ」は必要か ・・・ 「正しい」を説明する際に、本書では、「絶対」に依拠しない、内面の問題にしない、約束事を作り上げるというやり方で考える。なお「正しさ」は具体的に語る(あるいは具…

池田昌子「14歳の君へ」(毎日新聞社) 禁止や命令をする昭和の「14際の君へ」本は捨てて、こちらを21世紀のスタンダードにしよう。「私は何者か、何になれるか」の問いはあとになって効く。

「14歳」は教育学や発達心理学などでは重要な年齢だ。伸びるし、不安定だし。そこで大人が適切に手を差し伸べよう。かつてのような教養主義でも、父権主義でもなく、彼らを人間として対等の立場で助言やアドバイスを行おう。命令するのではなく、自分で考え…

加藤尚武「現代倫理学入門」(講談社学術文庫)-1 カントの内面の格率による規範意識も、ベンサムの最大多数の最大幸福も、ミルの自由主義も、道徳や倫理の形式化にはうまくいかない。

20世紀末の倫理学が何を考えているかを網羅する講義の記録(1997年)。おもには功利主義をめぐる議論になっている。概況はまえがきに書かれているので、まずはそのまとめから。 20世紀末の社会倫理の特長は、脱宗教的な世俗性(功利主義)、市場経済(自由主…

加藤尚武「現代倫理学入門」(講談社学術文庫)-2 功利主義の限界を明らかにし、次の世代の倫理学の輪郭を作るための問題を洗い出す

2023/08/09 加藤尚武「現代倫理学入門」(講談社学術文庫)-1 カントの内面の格率による規範意識も、ベンサムの最大多数の最大幸福も、ミルの自由主義も、道徳や倫理の形式化にはうまくいかない。 1997年の続き 以後は功利主義の限界を明らかにすることと、…

竹内洋「教養主義の没落」(中公新書)-1 戦前日本の教養主義:デカンショは外国への憧れで、反学歴社会運動だった

「最近の大学生は本を読まない」「大学生の学力が落ちている」「大学がレジャーランド化している」という言説はよく聞こえてくる。それは、過去の大学生は本をたくさん読んで、勉強をしていて、遊ぶ者は少数だったということを前提にしている。この前提は正…

竹内洋「教養主義の没落」(中公新書)-2 戦後日本の教養主義:教養主義が終りサブカルが始まる

2023/08/07 竹内洋「教養主義の没落」(中公新書)-1 戦前日本の教養主義:デカンショは外国への憧れで、反学歴社会運動だった 2003年の続き 本書の記述にそって、ある教養主義者を仮構してみよう。 彼は1900年から1910年の間に、田舎の中産階層に生まれた。…

阿部謹也「『教養』とは何か」(講談社現代新書) 教養主義は職業選択の自由と学歴社会があって成立する

著者は高名な西洋中世史研究者。1980-90年代は人気があった人だったと記憶する。その人が「教養」について書くから、竹内洋「教養主義の没落」(中公新書)で触れられなかった西洋の教養の歴史がわかると思って読んだ。1996年刊行。あとがきによ…

宮崎市定「科挙」(中公新書) 中国の教養主義は出世競争を激化させ官僚制を強化したが、危機と変化の時代には役に立たない。教育勅語と軍人勅諭は中国の真似。

中国では西暦584年隋の時代に科挙という官吏登用試験が始まり、1904年の清の時代まで続いた。もともとは貴族政治による世襲を壊すためで、在野の人々(ただし試験には多額の費用がかかるので、ある程度の資産を持っている家でないと受験者を支援できない…

KINDLEスクライブを使う(4)コレクションの使い方と端末からドキュメントファイルを削除する方法

KINDLEスクライブを使う(3)PDFやワードなどのドキュメントファイルを読む。の続き コレクションにタイトルを追加するときは、タイトルが表示されているコレクションで「±」ボタンをタップします。 この画面で、追加するタイトルにチェックをいれ、「保存…

KINDLEスクライブを使う(3)PDFやワードなどのドキュメントファイルを読む。

KINDLEスクライブを使う(2)KINDLEストアの購入本を読むの続き KINDLEスクライブで、PDFやワードなどのドキュメントファイルを読むことができます。自炊した大量のファイルはこのためにあるといって過言ではありません。 文字の小さな昔の文庫でも、10.2イ…

KINDLEスクライブを使う(2)KINDLEストアの購入本を読む

KINDLEスクライブを使う(1)初期設定とライブラリーの使い方の続き 購入本のサムネイルをタップすると、本が開きます。 タップする場所赤の四角枠をタップすると、次のページに進みます(前進)。赤の丸枠をタップすると、前のページに戻ります(後退)。…

KINDLEスクライブを使う(1)初期設定とライブラリー(およびコレクション)の使い方

来るべき老眼に備えてKINDLEスクライブ(10.2インチ)を購入した。梱包箱の状態。 開封します。本体左側(赤枠のあたり)のボタンを押して起動します。画面は設定済のスリープ画面。メッセージにこたえて初期設定を終えます。 ※ 設定の仕方はメールで教えら…