odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

日本文学_エンタメ推理小説

深水黎一郎「最後のトリック」(河出文庫) 「読者が犯人」という不可能トリックに〈この私〉である読者はどうかかわれるか。

「読者が犯人」というアイデアは昔からあって、この国の作でも自分が収集した中では2例ある・・・と書こうともくろんでいたら、作中でちゃんと紹介されていた。それくらいに、著者はきちんと探偵小説の歴史と作例に造詣が深い。なまはんかな知識で読んでい…

山田正紀「僧正の積木唄」(文春文庫) 1930年代の移民排斥運動時代のロスで起きた日系人殺害事件。人種差別や日本軍の残虐事件が言及されないのでリアリティを損なっている。

193*年。長年の不況と日本による中国侵略戦争は、アメリカに反日感情を強くもたらした。ドイツやイタリアのファシズムに影響を受けてファシスト政党ができるなど、排外主義と人種や民族の差別が多くの人をとらえる。彼らの不満(失業や低賃金、貧困、セイフ…

岡嶋二人「そして扉が閉ざされた」(講談社文庫) 昔からある「吹雪の山荘」「嵐の孤島」テーマに脱出ゲームを加えてひとひねり

4人が目覚めたとき、閉ざされた部屋にいた。この半年ほど疎遠になっていた4人は、トイレの壁に貼られた事故写真と「お前らが殺した」という赤い文字に戦慄する。閉じ込められたのは地下の核シェルター(市販の核シェルターがブームになったのは1950年代と1…

赤川次郎「マリオネットの罠」(文春文庫)

1977年初出の、著者の実質的第一長編。 フランス留学から帰ってきた研究生が、指導教授の紹介で別荘地にある大邸宅でフランス語の家庭教師をすることになる。そこに住むのは20代後半と30代前半の姉妹と運転手、家政婦のみ。最近飛行機事故で亡くなった美術商…

小峰元「アルキメデスは手を汚さない」(講談社文庫) 高校生が主人公格のミステリの嚆矢だが、高校生はほとんど描かれないけど、大人びていた。

1973年初出で、当時の高校生がよく読んでいた(と記憶)。「ソクラテスの弁明」を読めと倫理社会(当時)の教師に言われて、この作者の「ソクラテス最後の弁明」を買ってしまったという笑い話があったと思う。 さて、高校生が主人公格のミステリはこの時代に…

中町信「天啓の殺意」(創元推理文庫)

ある売れない推理小説家が犯人当てのリレー小説の企画を売り込みにきた。問題編はできているので、解決編をタレントでもある女性小説家にしてくれという依頼だった。女性小説家は問題編の作者の名を聞いて、眉をしかめたが、承諾した。その第一回に目を通す…

中町信「空白の殺意」(創元推理文庫)

群馬県(読者の物理現実にある県とはちょっと違う)のある高校で、女子生徒が扼殺された。その直後に、同校の女性教師が自殺を遂げる。傍らには謎めいた遺書がある。そして同校の野球部監督が失踪していたが、毒殺されているのが見つかる。調査を進めると、…

中町信「模倣の殺意」(創元推理文庫)

ちょっと酒が入っているので、冒頭は出版社サイトの紹介文を引用することにする。 7月7日午後7時、服毒死を遂げた新進作家、坂井正夫。その死は自殺として処理されるが、親しかった編集者の中田秋子は、彼の部屋で行きあわせた女性の存在が気になり、独自に…

小林泰三「大きな森の小さな密室」(創元推理文庫)

もともとは「モザイク事件帳」のタイトルで出版され、2008年に文庫化される時に冒頭の短編を全体の名前にした。副題のように、ミステリのサブジャンルの趣向を凝らす。 大きな森の小さな密室―犯人当て ・・・ 「会社の書類を届けにきただけなのに。森の奥深…

柳広司「トーキョー・プリズン」(角川文庫) 占領期日本をみるには被害者/加害者の関係がややこしいインサイダーより、国の歴史に無知なアウトサイダーのほうがよい。

1946年の東京巣鴨。ニュージーランドの私立探偵が大戦中に日本近海で行方不明になった爆撃機乗りの行方を調査したいと収容所にやってきた。所長のアメリカ人大佐は、自由な行き来を承認するかわりに、収監されているBC級戦犯容疑者の記憶を取り戻せと要求す…

高木彬光「刺青殺人事件」(角川文庫) 戦後すぐに出た和製ディクスン・カーはセンセーショナルだったが、改稿版は長すぎる。

明治政府の刺青禁止令によって、負のスティグマになったものの職人気質の江戸っ子と愛好家と学者によって、その命脈は保たれていた。ここに彫安(ほりやす)なる昭和の名人が息子娘の3人に、児雷也(蛙)・綱手姫(蛞蝓)・大蛇丸(蛇)の柄を彫ったのが奇縁…

夏樹静子「ガラスの絆」(角川文庫) 1970年代半ばには人工授精のドナー(精子提供者)の秘密は守られなかったの?

ずっと昔のその昔に、「Wの悲劇」を読んだ記憶がある。中身は忘れた。それ以来のトライ。1980年文庫初出なので、発表は1970年代半ばか。 ガラスの絆 ・・・ サイバ合板の社長・信之は治子と結婚して数年。夫と妻の両方に不妊の原因があり、人工授精をして、…

柳広司「贋作『坊っちゃん』殺人事件 」(集英社文庫) 夏目漱石「坊ちゃん」の続編にして、本編の再解釈。1903年日露戦争は日本の国民国家をどう変えたか。

「教師を辞め東京に戻って三年、街鉄の技手になっていたおれのところに山嵐が訪ねてきた。赤シャツが首をくくったという。四国の中学で赤シャツは教頭、山嵐はいかつい数学の教師の同僚だった。「あいつは本当に自殺したのか」を山嵐は殺人事件をほのめかす…

澤木喬「いざ言問はむ都鳥」(創元推理文庫)

「若葉萌す春、緑なす夏、紅葉の秋、枯槁の冬……そして新生の春。植物学者は四時とりどりに忙しい。その生活に重ね合わせて、あるいは花占いの果てとも見える場景に犯罪を匂わせ、あるいは自殺志願者が遺体発見を遅らせたがった理由に植物学的考察を試みる。…

倉知淳「星降り山荘の殺人」(講談社文庫)

「雪に閉ざされた山荘。そこは当然、交通が遮断され、電気も電話も通じていない世界。集まるのはUFO研究家など一癖も二癖もある人物達。突如、発生する殺人事件。そして、「スターウォッチャー」星園詩郎の華麗なる推理。あくまでもフェアに、真正面から「本…

森博嗣「冷たい密室と博士たち」(講談社文庫) 理系の大学生を主人公にした作者と出版社のマーケティングが成功した小説。

「同僚の喜多助教授の誘いで、N大学工学部の低温度実験室を尋ねた犀川助教授と、西之園萌絵の師弟の前でまたも、不可思議な殺人事件が起こった。衆人環視の実験室の中で、男女2名の院生が死体となって発見されたのだ。完全密室のなかに、殺人者はどうやって…

黒崎緑「しゃべくり探偵の四季」(創元推理文庫) 「しゃべくり」漫談というダイアログによるミステリは限定された語り手の枠を破る試み。成果はまだまだだがもっと実験があっていい。

「和戸君一家に降って湧いた騒動を見事収拾、保住君の新学期は好調な滑り出し。歌って踊れる名探偵とばかりギター片手に謎を解き、夏休みは珊瑚礁で魚と戯れ、また上高地の涼風に吹かれつつ事件の真相を看破する。馴染みの床屋や大学祭の模擬店で推理を聞か…

鯨統一郎「9つの殺人メルヘン」(光文社文庫) グリム童話の新解釈は中学生が読んだら驚天動地で、周囲の友人に吹聴できそう。

飲み屋にかよう中年(厄年トリオと呼んでいる)。その中に現職の刑事がいて、行き詰った事件の愚痴をこぼす。そこには、メルフェンとたぶん精神分析を学ぶ女子大生がいて(彼女の描き方は中年男の欲望のままだ、美貌の持ち主で、聡明で、感じのよい、人づき…

芦辺 拓「和時計の館の殺人」(光文社文庫) 平成ミステリーは趣向が盛りだくさんにしないといけないので作家も大変。

「田舎町の旧家・天知家で遺言が公開された夜、事件は起こった!一人、また一人と凶行に倒れる相続人たち―。遺言の内容は決して殺人を引き起こすようなものとは思えなかったのだが…。弁護士・森江春策が、連続殺人事件の深層に切り込んでゆく!屋敷を埋め尽く…

芦原すなお「ミミズクとオリーブ」(創元推理文庫)

「美味しい郷土料理を給仕しながら、夫の友人が持ち込んだ問題を次々と解決してしまう新しい型の安楽椅子探偵――八王子の郊外に住む作家の奥さんが、その名探偵だ。優れた人間観察から生まれる名推理、それに勝るとも劣らない、美味しそうな手料理の数数。随…

森雅裕「モーツァルトは子守唄を歌わない」(講談社文庫)

「1781年、ウィーンで作曲家モーツァルトが死ぬ。1809年6月、作曲家ベートーヴェンは訪れた楽譜屋で、モーツァルトの娘と噂されるシレーネと出会う。彼女は、自分の父が作曲した子守唄を、モーツァルトの作品として出版した楽譜屋に、抗議しに来ていた。とこ…

森雅裕「ベートーヴェンな憂鬱症」(講談社文庫)

収録されているのは4編。 1.ピアニストを台所へ入れるな・・・ベートーヴェンの部屋でピアニストが死んだ。彼の断末魔の叫びはアパート中に響き渡った。「よくもやったな!ベートーヴェン!」。状況証拠から冤罪を被るベートーヴェン。そこへ死んだピアニ…

吉村達也「トリック狂殺人事件」(角川文庫) 江戸川乱歩が「閉ざされた山荘」テーマで小説を書いたらこうなるだろうな

「警視庁捜査一課の烏丸ひろみに届いた招待状。差出人は《トリック卿》。招かれたのはひろみを除いて、すべて大ウソつきの男と女。場所は雪深い山奥の《うそつき荘》。そこで出されるクイズをすべて解くと賞金はなんと6億円。しかし、ゲームに参加した7人…

山田正紀「蜃気楼・13の殺人」(光文社文庫)

「栗谷村の村おこしマラソン大会の最中、忽然とランナー十三人が消えた!戦国時代の山城・十三曲坂を使った十キロのコースは、途中で抜け出ることのできない、いわば大密室…。後日、消えたランナーの一人が、木に突き刺さった無惨な姿で発見された。奇妙なこ…

竹本健治「匣の中の失楽」(講談社文庫)

これで3度目か4度目かの再読。 この迷宮めいた小説を少し変わった観点からサマリーをかいてみよう。すなわち、序章はたぶん一般的な小説であるとして、ミステリー愛好家の大学生とその周辺の仲間(計12人)のひとりが7月14日の盛夏に密室で刺殺された、とい…

竹本健治「凶区の爪」(光文社文庫)

季節の変わり目のせいか体調不良で集中力が切れていて、読書が進まない。気軽に読めると思って購入。 「会津地方一の名家・四条家で惨劇が起きた。―17歳で史上最年少の囲碁・本因坊となった牧場智久たちが、四条家に招かれた翌朝だった。蔵の白壁に首なしの…

赤川次郎「幽霊列車」(文春文庫)

「とある温泉町で列車に乗った7人が忽然と姿を消すと言う事件が起きた。宇野警部は休暇も兼ねて捜査に赴いた温泉で、女子大生の夕子に出会う。事件に興味を持った夕子は、宇野の姪と言う事で一緒に捜査に乗り出す。非協力的な村人達の中で、唯一協力的な健吉…

島田荘司「切り裂きジャック・百年の孤独」(集英社文庫) 壁崩壊前のベルリンは猥雑で危険でアナーキーな魔窟のよう

「1988年、西ベルリンで起きた謎の連続殺人。五人の娼婦たちは頸動脈を掻き切られ、腹部を裂かれ、内臓を引き出されて惨殺された。19世紀末のロンドンを恐怖の底に陥れた“切り裂きジャック”が、百年後のベルリンに甦ったのか?世界犯罪史上最大の謎「…

平石貴樹「だれもがポオを愛していた」(集英社文庫) ライト・ハードボイルドの文体で、カーの事件を物語る。巻末の「アッシャー家の崩壊」を犯罪小説とする読み替えエッセーは見事。

「米国ボルティモア市郊外で日系人兄妹の住むアシヤ屋敷が爆破された。直前にかかった予告電話どおり、『アッシャー家の崩壊』そのままに幕を開けた事件は、つづく『ベレニス』『黒猫』に見立てた死体の発見を受けていよいよ混沌とするが……。デュパンの直系…

植草甚一「ミステリの原稿は夜中に徹夜で書こう」(双葉文庫)

「ニューヨークから海外ミステリを紹介した「ミステリの原稿は夜中に徹夜で書こう」、背表紙や表紙の写真を集めた「ニューヨークで買ったミステリの本」 、海外ミステリの書評「ミステリ・ガイド」、カルチャーセンターで行われた推理小説講義のテープを起こ…