odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

千葉聡「ダーウィンの呪い」(講談社現代新書)-2 優性思想はナチのユダヤ人「最終解決」で消えたわけではない。人間の進化的操作で生き延びている。

2025/12/23 千葉聡「ダーウィンの呪い」(講談社現代新書)-1 ダーウィンが「種の起源」を出版する以前から西洋人は種の変化、人間の進歩を信じていた。 2023年の続き

 

 後半は優性思想について。ダーウィンの「種の起源」がでてから、人間の能力強化と道徳性向上を目指して、生殖に介入することを主張する優性思想がでてきた。これには二種類ある。ひとつは特定の民族・階級から優秀な人間を選抜して生殖して優秀な人を増やそうという正の優性思想と、劣等で道徳性に欠ける民族や階級、属性の持主の生殖の機会を奪い、場合によっては抹殺・浄化することを進めるという負の優性思想。このアイデアは遺伝学者や進化論者が主張し、主に中産階級以上の階級や階層が支持した。そこには人類の完全さと善性を広めるという崇高な目的があり、個人主義といっしょになってリベラルにも普及した。ときには中産階級の婦人解放運動を進めるフェミニストも参加した。多くの国で優性思想団体が作られ、啓発とロビイングを行った。当然ながら、激しい反発もあった。
(本書では、優性思想はダーウィン進化論を受けて形成されたとするが、俺はもっと前からあったと思うよ。黒人奴隷制度や植民地での先住民ジェノサイド、反ユダヤ主義の虐殺などがダーウィン以前からあったのだ。優性思想は「存在の大いなる連鎖」から生まれていた。ダーウィンの進化論は科学的な裏付けを与えるものとして使われたのじゃない?)
 本書ではイギリス、フランス、ドイツ、アメリカの事例が取り上げられる。イギリスとフランスではWW1が終わるころには下火になったが、アメリカでは1920年代がピーク。1924年に優性思想実行のための移民(排斥)法ができた。ドイツではナチ政権が強制不妊法を施行して断種や殺害を行い、ユダヤ人などの「最終解決」を行った。WW2ではナチによる加害があまりにひどかったので、優性思想や優生学は主張されなくなる。犯罪とみなされる。
 しかし優性思想は言葉を変えて生き延びる。人間の進化的操作で。内実は正の優性思想そのもの。精子バンク、卵子提供、体外受精、ゲノム改変、生殖細胞の遺伝子操作、出産前ゲノム解析などで。これらの人体操作と選抜が寛容化に流れている。許される条件設定や規制方法などに議論が集中し、善悪の判断を考えることが少ない。リスクより利益が重視され、知識よりも実践が優先される。個人の自由と平等を追求するという名目がフランス革命の近代理念と一致しているので(一致しているように見せかけるので)、反対が起こりにくいのだ。しかし、自由と平等の追及が個人の犠牲と差別を強いていることは記憶しなければならない。最大多数の最大幸福を実現しようとすると、少数の弱者を不利益を最大にするのだ。その少数の弱者は未来に生まれる人間であるだろうが、彼らは現在の判断に関与することができない。
 この事実の指摘のあと、著者は正義と善悪について最近の倫理学や道徳論を動員して説明する。あいにくこれは俺には説得的ではなかった。正義や善悪や道徳の議論がとても大きいところをさまよっていて、優性思想や人種差別の問題に降りてこないこと。善悪や道徳は多様であって、落としどころは決められないという過度な相対主義に陥っていること。そんなに大上段な議論をするのではなく、優性思想や人種差別主義者がいっている「道徳性」や「能力」の問題に絞ればいいと思った。彼らの言う「道徳性」は、「存在の大いなる連鎖」に含まれる神の恩寵や善性の表れであり、もともと人を区別しランクをつけて、劣等な存在を見捨てること。この指摘をしてから、著者の議論に進めればよいと思った。

 

〈参考エントリー〉

odd-hatch.hatenablog.jp

千葉聡「ダーウィンの呪い」(講談社現代新書) → https://amzn.to/3X6zmsj