odd_hatchの読書ノート

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アンネ・シャプレ「カルーソーという悲劇」(創元推理文庫)-1 東独併合と東欧イスラム移民と一緒に住むドイツの負担と不満。排外主義や偏見を持たないでいること。

 説明にドイツ・ミステリーとあったので、即座に購入。自分が読んできたドイツ文学は1945年までだった(エンデの童話を除く)。19世紀ドイツのことは多少は知っているのに、現代ドイツをほとんど知らない。そこにフォーカスした読書になった。
 笠井潔の矢吹駆シリーズの最初のほうは、現代(1970年代後半)の事件が戦時戦中のできごとの因縁(ナチスレジスタンス、スペイン市民戦争など)をもっていて、フランスの歴史の重層性に驚いたのだが、1997年のドイツも同じような歴史の重層性をもっていたのだった。すなわち、1989年までドイツは東西に分離していて、この年に東独の政権が倒れた。その結果、ベルリンの壁が崩壊したのであるが、この強烈なイメージのあと、統一ドイツでは遅れた東独を経済、政治的に支援する重大な仕事が始まることになる。国境を越えて西独のスーパーで大量の買い物をする東独市民を最初は暖かい目で見ていたものの、大量の市民が西独に流れて職を求め、東独支援のために税率が引き上げられ、西独への投資が後回しにされるとなると、それはそれで重荷になる。そのうえ、東独の監視体制は解体されたものの、その人員は西独の警察組織に入るなどする(これは敗戦後の日本も同じ。軍人が警官や自衛官に大量に転職した)。戦後40年近くの国家の分断は、社会の再統合にさまざまな問題をもたらすことになるのだ。
 そのうえ、戦後の西独はナチス体験の深刻な反省から民族国家のありかたを検討し直すことになる。民族や人種の分断を容認しない社会と国家つくりを行う(宮島喬「ヨーロッパ市民の誕生」(岩波新書)参照)。その結果、東独崩壊と同時に進行した東欧諸国の民主主義化にあわせて、西側に流入した移民を国内にすまわせる。この短い小説の中でも、ポーランド人、ルーマニア人、イタリア人が登場する。町の風景にはインド人やフィリピン人もいる。そのように多様な人種、民族が独自の文化を持ったまま、住んでいる。国の運営は共生であったとしても、生活の場に降りてくると、偏見や排外主義の主張は根強い。田舎町では馬の切り裂き事件や放火が繰り返されていて、犯人が見つからないとき、住民は「ルーマニア人の窃盗団」のせいにする(彼らのアジトが森で見つかり、大量の物資が見つかったので、その意見は強化される)。
 このような多様化が進む一方で、都市と田舎の分断や解離も大きくなる。ともに互いを理解するのが困難になっている。くわえて世代間でも分断が起きていて、戦時を知っている老人と、東西冷戦を知る中年と、東西統合以後に思春期を迎えた子供たちでは、政治の意見があわなくなっている。ほかにも、ドイツのエコ志向、産業のIT化などもでてくる。
 新聞や新書などで、ドイツの事情は漠然としか知らなかったのだが、ここに出てくる情報はとても多い。そして具体的で、生活につながったものとして出てくる。自分が選択する情報は抽象的、理念的なものが多いので、フィクションではあってもこの情報は役立った。そのうえ、この国の民主主義や地方自治の在り方とドイツのそれの違いにも目が向く。たとえば、ごみの分別はこの国よりも厳しく、リサイクルやリユースなどにコストをかけていること。あるいは下水を引くには、周辺住民の同意が必要でかつ費用負担をしなければならない。自治体のサービス(という考えはなさそう)も相当に違う。市民が政治に関する議論はタブーでもなんでもなく、多少親密になった時の話題であるのは当然のこととされる。女性の社会進出も進んでいて、この小説には東独出身の女性代議士や検事が登場する。セクハラは起きず、彼女らは自立している。ほかにも離婚した女性がいるが、ワーキングプアにはなっていない。貧困や格差がゼロではないが、それを「自己責任」などと加害する行為はなさそうだ。
(ちょっと小説と外れるが、ミステリーは排外主義を扱えるだろうか。たいていのミステリーは共同体内部のいさかいや桎梏や陰謀を暴き立てることで、共同体におきた問題を解決して、平穏や調和を取り戻す。探偵の視線は共同体内部の亀裂や不満を見つけるために、共同体の内部を観察する(なので心理分析や言語分析が有効になる)。でも、共同体のルールや規範を共有しない外国人@柄谷行人が現れたらどうする。一番最初のポオ「モルグ街の殺人」に典型的なように、共同体の亀裂や不満は共同体と別の共同体が出会うパリのような都市でおきて、共同体の言葉を共有しないものを排除するように働くのではないかな。でも、シティズンシップの拡大や定着では言葉を共有しない外国人にも権利があり共同体のサービスを受けられるようにしようとする。その動きにミステリーは対応できるのだろうか。この微妙な問題を取り上げたのは、クイーン「ガラスの村」くらいしか自分は知らない。この国のミステリーでは外国人@柄谷行人がでてきたものを読んだ記憶がない。この小説でも、外国人や排外主義は示唆されても問題にされていない。)


2017/12/11 アンネ・シャプレ「カルーソーという悲劇」(創元推理文庫)-2 1998年