odd_hatchの読書ノート

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アンネ・シャプレ「カルーソーという悲劇」(創元推理文庫)-2

2017/12/12 アンネ・シャプレ「カルーソーという悲劇」(創元推理文庫)-1 1998年


 フランクフルトに自動車で一時間先にある田舎町。広告代理店に勤めていた男パウル・ブルーマーが妻と離婚し、田舎暮らしを始めた。業界暴露本を準備しているが、昼間は自転車にのるかMacとにらめっこしている男を村人は容易に信用しない。なにしろ誰が何をしているのか全部筒抜けになっていて、変人であると知れ渡っているから。おりしも村とその周辺では、窃盗、放火、馬の切り裂き魔などが頻発していて、治安に不安を覚える人が多いのだ。嫌疑は「ルーマニアの窃盗団」や外れに住んでいるフィリピン人一家などに向かう。まあ内輪の犯罪と声高に主張するわけにはいかない閉鎖的な社会なのだ。
 パウルは最近エコ農場を経営しているアンネ・ブーラウのところにちょくちょく行く。彼女は数年前まで地方代議士であったが、引退していて、農場を買ったのだった。自分と同じ田舎暮らしを選んだ知的な人なので、気が合いそうに思えたから。その彼女に事件が起きる。偏屈な夫レネが絞殺されたうえ、食肉用冷蔵室で家畜肉を下げるフックにかけられていたのだった(おお、トビー・フーパー悪魔のいけにえ」!)。さらに、なにものかが馬を殺して納屋を放火されたり、冷蔵庫に閉じ込められ危うく凍死しかけたりと不穏な雰囲気。一人娘のレナ18歳にはアレクサンダーというボーイフレンドができていて、少年少女の行く末にも気を賭けないといけない。パウルのところでも、放火の印が残り「次はおまえだ」と警告の手紙が残されている。次の大きな事件は、レナのボーイフレンドであるアレクサンダーが撲殺されていたこと。後頭部には馬の蹄鉄の後が残されている。
 捜査にあたるのはグレゴール・コジンスキーというポーランド系移民。なかなか内面を見せないこの警官に、ポウルやアンネはいらだつ。ポウルは大学時代の友人である検事カレン・シュタルクに定期的に会い事件を報告し、意見を聞く。彼らの共通するのは、家族の解体と個人の孤独。20代の結婚は30代後半になると、愛に隙間風が吹き、とくに男の身勝手さに女が愛想をつかすのだ。ポウルは離婚経験者、アンナは夫に不審感をもち、グレゴールは妻に離婚を切り出されそうで、カレンは男社会で男の数倍の努力を要求される。そのような中年男女の心持の寒々しさが彼らを引き付けあい、反発を起こし、しかし代替できる人物はなかなかいないという微妙な立場をとることを強いられる。簡単に愛を告白できるわけでもなく、愛がうけいれられるわけでもなく、愛を語ることは過去の失敗を思い出させる苦々しいことでもある(その背景にあるのは、ヨーロッパの個人主義の厳しさであり、EUが進めているシティズンシップの拡大である。男は特権を持っているのだが、フェアネスの実現と主に失われるので、男は自尊心が剥奪されるような気分になる)。
 アメリカの長編探偵小説黄金時代の作を期待すると、解決は肩透かしになるかもしれない。そこは著者の好きなイギリスの黄金時代長編小説のように、人間をみることに関心があるから。解決編では、誰がやったかよりも被害者の素性が暴かれていく過程の方が面白かった。前エントリーのような、ドイツの戦後の歴史と政策がこの男に圧縮されているから(タイトルのカルーソーはこの男に関係している)。そこにこの国の困難と可能性をみたりする(という読み方は、解説にある著者の意見からすると好ましくない読み方であるらしい。著者は青磁や社会評論を書いている人であるが、楽しみのために書いたミステリーでは社会批判やメッセージを込めていないとのこと)。
 自分としては社会評論やメッセージを読みたくなるが、それはここまでにしておいて、もう一つ感心したことがある。この小説の人物はみな「大人」で、その心理や行動が自立した大人であり、共同体の外にも目を向けていること。そのような大人の小説を読むという充実があった。翻って、この国の小説やミステリーはというとどうにも「書生の小説」ばかりに思えてもどかしい(定義のない「書生の小説」は二葉亭四迷浮雲」、田山花袋「布団」、村上春樹風の歌を聴け」、又吉直樹「火花」に共通するものだと思いなせえ。ミステリーだと中井英夫「虚無への供物」、新本格のたぶん全部)。「書生の小説」も技を磨けばすぐれた作品になるが、そればかりを読むと退屈になる。
 これがデビュー作で、上記のポウル、カレン、コジンスキー、アンネが探偵役を務める別作があるようだが、紹介されていない。もったいないなあ。