odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

片岡義男「ぼくはプレスリーが大好き」(角川文庫) アメリカの20世紀ポピュラー音楽の歴史と現代(1971年)における意義。白人の若者は窮屈で退屈に反感し、黒人の若者は低賃金労働と差別に抗って歌を作る。

 ずいぶん長い間品切れ状態。1970年に請われて書いた文章をまとめて、1971年に出版。のちに角川文庫に入ったが、彼の小説のブームがとりあえず終わった1990年代にはもうこれだけは書店で見つからなかった。自分はどこかの古本屋で2000年ころに買ったらしい。

 まあ、とりあえずはアメリカの20世紀ポピュラー音楽の歴史と現代における意義、について書いた本ということになるのかな。その視点でみたとき、大量の固有名詞にくらくらすることになるかも。ビル・ヘイリー、リトル・リチャード、チャック・ベリーあたりのロックンロールの創始者は、プレスリービートルズローリング・ストーンズと同様に聞いているのがあたりまえになっているし、ジェファーソン・エアプレイン、ジャニス・ジョプリン、グレートフル・デッド、ジョー・マクドナルドなどウッドストック登場グループは紹介なしで詳しい話が出てくる。サッチモにエリントンにチャーリー・パーカー、コルトレーンの大物ジャズ・ミュージシャンは出てくるし(なぜかマイルス・デイヴィスは素通り)、ブルースからもカントリーからも。挙句の果てには、ディック・クラークに(なぜPKDの小説「ヴァリス」に名前が出てくるのかわからなかったけど、1950年代の有名なDJだったからなのだね)、エド・サリヴェンなどのメディア関係者がでてくる。今どきの若い連中は彼らの音楽を聴いたこともなければ、名前も知らないだろう・・・と精神硬直の姿勢をみせるが、自分もほとんど知らなかったのだ。ただ、「That's Black Entertainment」その他の廉価DVDをみて名前を知り、いくつかの曲を知っていたのだから、世話はない。肩肘張るほどの知識は持っていません。
 それだけでなく、アメリカの文化史と政治史もここで勉強できる。重要なのは、資本主義とニグロの問題なんだろう。黒人がアフリカから奴隷として連れてこられた。そのときに、彼らは土地と自分のつながりを断ち切られた(白人は故郷の地名を新世界につけることでつながりがあると幻想できた)。なので、ゴスペルやブルースは郷愁の歌ではなく、抽象的・観念的な「愛」ないし「死」の歌になる。あるいは資本主義の効率化の追求は、労働そのものを駆逐すること(オートメーション化とか工場内のラインとか)で、その結果、廉価な労働力が工場生産では不要になった。それは農業でも同様で労働人口の6%の農業従事者(当時)が約2億人の食料を供給し、かつ外国輸出が可能になるほど生産性を高めた。白人はまた大人になることを養成され、それはすなわち企業に雇用され家や車の長期間のローンを契約し、それを忠実に履行することだった。それがあからさまに見えるようになったのが、1950年代。その窮屈さや退屈さに対する反感がたとえばビートニクスであり、ヒッピームーブメントであり、マリワナやLSDの服用であった、などなど。ここらへんは自分の興味をひいたところを適当にまとめてみた。
 そんな具合に書き込まれた知識の量のすさまじさに驚くのだが、読み終わった後に残るものはなにか、というと心もとない。ロックンロールは人間の解放をめざすとか、意識を拡大するとかは当時よく聞かれた主張であって、そこに、いやロックンロールも出自からして商業主義に取り込まれていてそんな要望を受け入れる余地はないのだよ、というようだし(実際、70年代にいろいろ分岐してわけがわからない状態になったし)、あるいは抑圧からの解放を目指せというようでもありそうで著者の意識は冷めていて、音楽はきっかけにはなるかもしれないがその先の政治とは無縁だよといっているようだし、ではヒッピーらのコミューン活動はどうかということになるがドラッグとエゴイズムなしでどのようなシステムを作れるかは未知数だし・・・そんな感じ。熱はあっても袋小路にいるのを確認しているようなもの。似たような文章を荒俣宏「神秘学マニア」(集英社文庫)で読んだ気がする。
 とりあえず自分は越智道雄「アメリカ「60年代」への旅」ライク「緑色革命」を補完したり、PKDの小説を読む参考になりそう、ということで自炊することに決めた。