odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

フィリップ・K・ディック「ザ・ベスト・オブ・P・K・ディック I」(サンリオSF文庫)

 ジョン・ブラナー編「 The Best of Philip K. Dick (1977)」 の邦訳。二分冊の第一巻。一時期「パーキー・パットの日々 /ディック傑作集 (1)」のタイトルでハヤカワ文庫にでていた(一部新訳)。ハヤカワ文庫はPKDの短編集を再編集して6分冊にし、巻ごとの収録作を変えた。

フィリップ・K・ディックの現実」 Introduction: The Reality of Philip K. Dick /ジョン・ブラナー ・・・ PKDの特長。「自分の小説世界をリアルに感じさせる」「人好きのする世界ではない(住みたくない、住んでいないことを信じたい世界)」「主要テーマは、現実とわれわれの現実認識の食い違い」。1976年にPKD存命中に書かれた。
「彼処にウーブ横たわりて」 Beyond Lies the Wub  1952.07 ・・・ 「地図にない町」(ハヤカワ文庫)所収。

「ルーグ」 Roog 1953.02 ・・・ アメリカの田舎都市。犬たちが奉納物を集めるルーグたちを警戒し、警告する。しかし人間は聞こえない。ルーグの正体がまったく書かれないので、不気味。この短編は、サンリオ文庫版の前に、ミステリ・マガジン1977年7月号(J・D・カー追悼号)に仁賀克維訳で紹介された。(「二日たっても崩壊していない世界を創るために@雑誌「ユリイカ」1991年1月号「P・K・ディックの世界」青土社」によると、隠しておいた食料を毎週金曜日にごみ回収業者が盗みに来ると犬が思い込んでいて、いつか食料だけでなく家族もさらってしまうと妄想する話なんだって。おやおや、してやられた。)

「変種第二号」 Second Variety 1953.05 ・・・ 米ソ戦争の最前線。アメリかの本部は月基地に移動し、物資を送る。前線にはクローという空中浮遊の殺人兵器が飛んでいる。体温に反応してIDカードを持っていない敵兵を殺戮する兵器。これは地下の向上で自動的に生産される。あるとき、ソ連兵が協議のメモを持ってきた。それに応じて将官が敵陣に行くと、テディ・ベアを題した少年を見つける。無表情で鈍重な少年を連れて行くと、ソ連兵は少年を壊す。クローの自動生産工場は自発的に変種(人間そっくりの)をつくりだし、無差別に殺戮するようになったという。傷病兵、少年、あと一種類の変種があるがどういうものかはわからない。ソ連軍は壊滅状態なので、生存者はアメリカ軍と一緒になりたいという。外観は人間そっくり、壊すと歯車などが出てくるほかは区別がつかない。次第に生存者は疑心暗鬼になり、すでに変種が人類を滅ぼしているのかもしれないと考え始める。人間と人間そっくりを区別する基準がないとき、どうなるのか。この短編では最後に希望を残しているが、後の長編ではもっと手の込んだ疑惑と不安になり、アイデンティティが失われていく。恐ろしい傑作。

「報酬」 Paycheck 1953.06 ・・・ ジェニングスが目を覚ます。2年前にドアを開けてかた今までの記憶がない。どうやらレスリック建設社と5万クレジットの報酬で仕事をしたらしいが、その記憶は消えている。報酬をえるはずが、記憶のない時の「彼」は自分のために7つのガラクタを受け取るようにしていた。不審に思う間もなく、道にでたジェニングスは秘密警察に取り囲まれる。ジェニングスは「彼」の計画通りに、危機を脱出できるのか、記憶を取り戻せるのか。強烈なサスペンスと奔放なアクションに満ちた傑作。目覚めて自分が何者はわからなくなっているという不安と恐怖はPKDのオブセッションだし、警察が嫌いというのもこのあとの作品で繰り返される(その割に警官が主人公になることが多いのはなぜ。「アンドロ羊」「流れよわが涙」「暗闇のスキャナー」あたり)。
 2003年に「ペイチェック」のタイトルで映画化。遅ればせながら2016年になってから見た。原作ではがらくたは1950年代にはありふれたものだが、21世紀には通用しないものがある。それは21世紀のネットとバーチャルリアリティにあうように改変。原作では主人公ジェニングスの行動の動機はマネーだったが、映画では人類滅亡の回避に拡大される。ここらの改変はまあよしとしても、あまりに社会が清潔で、金持ちばかりが登場するのに共感できないし、俳優がそろって口を半開きにしているのが気になって気になって。

「贋者」 Impostor 1953.06 ・・・ アルファ・ケンタウリとの星間戦争。地球は防御ドームで防衛。あるプロジェクトチームのメンバーが逮捕される。敵のロボットが潜入して、人間の代わりをしているという。内部にはウラニウム爆弾があり、キーワードに反応して爆発する。逮捕された技術者は人間であるといい募るが、だれも信じない。ニセモノの記憶をもって、人間であることを疑わないロボット。その不安と疑惑。のちのシミュラクラやレプリカントのテーマが先取り。起爆のキーワードはデカルトの確信の裏返しというのが皮肉。

「植民地」 Colony  1953.06 ・・・ その惑星には微生物、獰猛な生物など外敵がいなかった。観光地にしようとする決定がなされるとき、探検隊員を機械が襲う。いや機械に偽装できるなにか。隊員たちは一人ずつ殺されていく。撤退を決めて、回収船をまつことにした。こ、怖い。機械が人を襲う、機械を精密にコピーできるなにかがいる。オリジナルとコピーの区別ができなくなる。現実にあるものを信じられなくなる。リドリー・スコット「エイリアン」の昆虫型宇宙人よりずっと怖い。

「消耗員」 Expendable 1953.07 ・・・ 昆虫が人間を巻き込んだ10億年にわたる戦争をしている。それに男が巻き込まれる。三人称のような男のモノローグ。戦争があるのか、男の妄想なのか、決定不能

「パーキイ・パットの日」 The Days of Perky Pat 1963.12 ・・・ 水爆戦争のあと、人々は小さなコロニー(十数家族くらい)に退縮していた。戦争後に生まれた子供は野生の生活になり、大人たちはパーキイ・パット(バービー人形のもじり。バービーはアメリカのリカちゃん人形と思いなせえ。ていうかリカちゃんはバービーの模倣)遊びで戦前の暮らしを懐かしむばかり。保護機が投下する機材や物資には眼もくれない。マッカーシズムの大人を批判するとみるべきだろうし、俺の眼からは1980年代のポスト・モダンごっこニュー・アカ批判だ。

(「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」の訳者解説では、「過去と深くかかわりあうことの危険性」というテーマで、ほかの作品にもあるとのこと。なるほど。)

「薄明の朝食」 Breakfast at Twiligh 1954.07 ・・・ 「地図にない町」(ハヤカワ文庫)所収。

「フォスター、おまえ、死んでるところだぞ」 Foster, You’re Dead 1955 ・・・ ソ連との軍拡競争時代。核シェルターが必需品になり、毎年買い替えていかなければならない。持っていない家は周囲の偏見や誹謗にさらされる。フォスターはシェルターのない家の子供。


 PKDが未来を描くと、技術や科学は進歩しているのに、社会インフラや建物は古びていて、街は汚い。都会の路上ではごみ缶からごみがあふれ、新聞紙が風に吹かれ、土ぼこりがまっている。地方に行くと、少し土地を掘れば廃棄物がでてくる。それも腐敗し、廃油がくっついたようなどろどろの状態で。施設は落書きがあって、ひびが入り、天井から水が漏れている。そういう社会の停滞や人々の沈滞があって、人々から結びつきが消えて(「パーキイ・パットの日」のように無理やりな絆をつくって)、個人が孤立している。
 PKDの小説は平成になってからずいぶん映画化されたが(1980年代までは「ブレードランナー」ただひとつで、いくつもの映画化が立ち消えになったのと大違い)、あまり関心しないのは、場所の汚れや退廃、人々の孤立の感じが描かれないこと。液晶やステンレスがLEDでてかてかに照らされて、隅々まで消毒されていて、人々がオーダーメイドの服を着ているようでは、PKDの小説世界を重ね合わせることができないなあ。