odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

日高六郎「戦後思想を考える」(岩波新書) 否定され廃棄されたはずの戦前の軍国主義が支配階級の一員になっている

 日高六郎は1917年生まれ。戦後東大教授。1968年の東大紛争で辞職。リベラルとして社会運動にいろいろ参加。この本は1970年代後半に書かれたさまざまな文章を再編集して、1980年に出版された。個人的な記憶でいうと、この本に収録された元の文章を雑誌(主に朝日ジャーナル)で読んでいる。また我々学生の周りではよく読まれていた。せいぜい十数人の範囲ではあるが。

戦後思想を考える ・・・ 敗戦で戦前の軍国主義は否定され廃棄されたはずだが、巧妙に生き残って、現在は支配階級の一員になっている(1976年時点で)。それに対抗するリベラルや左翼の勢力は減退し、戦後生まれの若い人たちは過去を知らない。社会運動が衰退している時期のインテリの嘆き節だな。個々の話題や事実は興味深い。たとえば

「八月一五日、敗戦と同時に、あるいは数日後に、あるいは一カ月後に、だれひとりとして、政治犯釈放の要求をかかげて、三木やその他政治犯の収容されている拘置所・刑務所におしかけなかった(P4)」

羽仁五郎が繰り返し伝えたこと。

体験をつたえるということ ・・・ 政治や社会の問題は遠いところにあるのではなく、日常の延長にある。たとえば差別がそう。そこに敏感になろう(思想がリベラルでも、行動が差別的なのはよくあること)。あと過去を少し振り返ることでも気づきのきっかけになる。年寄りは委縮しないで、自分の体験を語ることは重要。若者はきちんときこう。

私のなかの「戦争」 ・・・ 中国青島育ちの著者が記憶する戦前の様子。戦中海軍嘱託であったときに戦争の見通しを書くことになり、敗戦を予想したら、即座に馘首されたこと。

「滅公奉私」の時代 ・・・ 1980年ころの著者による昭和思想史。敗戦後の経済主義で「滅私奉公」から「滅公奉私」へと国民精神が変化した。
(著者は当時の若者が「いまの青年にとって、自由とは、金があって、ものが買えるということだ」というのに驚愕している。まあ1970-1990年はそういう普通ではない時代だった。21世紀になって若者は金がなくて物を買えなくなり、たぶん自由の意味を代えるだろう。)

管理社会化をめぐって ・・・ オーウェルの「1984年」が近づいて、小説のような管理社会が実現しようとしている。実際にあのようなハードな管理ではなく、ソフトで市民が下から参加していくようになるだろう。で、個人の自立と連帯が必要で・・・。

青年について ・・・ 1970年代後半から80年代前半の若者について。勉強しない、自由と民主主義を考えたり実践したりしない。価値の多様化を唱えながら、みな同じ「格好」(見目ばかりでなく思考や選択などでも)をしている。

四・一九と六・一五 ・・・ 1960年の韓国の4.19とこの国の6.15について。いずれも女子大生がデモのさなかに死亡している。

水俣から考えること ・・・ 講演。水俣の歴史と人々を見ることで、この国の在り方を見る。


 著者は1917年生まれ(堀田善衛と同い年)。陸軍にとられたが病気で3か月で除隊。東大に勤務し、8.15を安田講堂で迎えている。以後のありかたは上記のとおり。ここでは、当時60代前半になった著者が自分の半生を振り返って、現在の問題に結びつける。著者のリベラルな主張はほとんど同意できる(というか20歳で読んだときに大きな影響を受けて、著者の主張のように考えるようになったので核心部分は批判的になれない)。
 ただ書かれて35〜40年を経過したとなると、その古さは繕いようがない。ソ連があり中国はほぼ鎖国状態で韓国は軍事独裁政権。水俣病や原爆被爆者の救済は行われないかきわめて貧しいもので、環境破壊は進行中で、経済成長は持続していた。学生は数社を面接すればほぼ就職できたし、親も子供の学費と生活費をねん出することは難しくない。多くの人には昨日よりも今日のほうが豊かで、明日にはもっと楽になるだろうという見通しがあった(それは実現された)。あの当時の状況がいろいろ逆転している21世紀の10年代には、状況説明や分析があわなくなっていている。そのためにしっかりと読むのが困難。
 もう一つの問題は、著者の年齢のせいか(自分を含めた当時の学生がふわふわしているとか社会の問題に実践的に参与していないとかもあって)、閉塞を打開するエネルギーがほとんど見られないこと。繰り言を述べるか、詠嘆調でたたずんでいたりとか。状況の深刻さはわかってもそこから立ち上がるパワーをもらえない。それが残念。


 今読むのなら、 高橋源一郎「ぼくらの民主主義なんだぜ」(朝日新書)がお薦め。

  


<参考エントリー>
日高六郎「1960年5月19日」(岩波新書)