odd_hatchの読書ノート

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フョードル・ドストエフスキー「地下室の手記」(光文社古典新訳文庫)-4 孤立化アトム化して根無し草になったモッブの思想

2025/02/03 フョードル・ドストエフスキー「地下室の手記」(光文社古典新訳文庫)-3 おしゃべりしかできないネトウヨは社会的弱者を差別する 1864年の続き

「自分がいつでも好きな時に茶が飲めるためなら、俺は世界が破滅したっていっこうにかまわない(P245)」

と語り手はいう。この一文だけが抜き取られてよく引用される。そこでは、個人の自由意志の尊重や国家による個人の介入拒否、個人に対する世界の優位性否定などの解釈になってしまう。オタクや引きこもりを擁護する偉人の言葉になってしまう。
 それは違う。この言葉は、入ったばかりの20歳の娼婦が「私、あそこから・・・完全に・・・でてしまいたいの」と救出を希望して、ほかならぬ語り手にすがってきたのを拒否し、罵倒する中で発せられたものだ。他人と関係を持つのを拒否し、なにもしない言い訳として上の言葉を発している。こんな言い訳を口実にして彼女の存在を否定して、罵倒を続ける。とことんクズですな。
 このあと15分が過ぎた後、5ルーブル札を彼女に渡したが、彼女は受け取らない。そのまま置いていく。それまでの悪質な罵倒のあとの態度としては当然といえる。商売で代金受け取りを拒否したのだから、語り手の存在そのものを否定したのだ。語り手に対して娼婦ができる最高の侮辱だった。娼婦という罪人にも断罪され侮辱される語り手は、地上でもっともみじめな男で罪人になったのだ(という解釈には、たぶんにミソジニーがはいっているので、注意しないと)。なので、語り手はこのあと引きこもり、世界に対してぶつくさ無駄口を垂れるしかやれることがないくらいに落ちぶれたのだ。

「彼女の前に倒れ伏し、後悔のあまり号泣し、彼女の足にキスをして、赦しを請うつもりか(P256)」

 それができたラスコーリニコフ罪と罰は、赦しを実感して新しい生活に向かった。でもこの地下室の男は20年も地下室にこもり、他人との交通を拒否し続ける。「世界が破滅したってかまわない」と世界に呪詛をまき散らし、地獄にいるしかない。
 
 という具合に、「地下室の手記」は、「分身」の延長にあって、病的人間の妄想を摘出する小説。極限的な状況でおかしくなった人の妄想と奇矯な行動を描いたのだった(その続きは「罪と罰」の殺害シーンや、「おとなしい女」の犯罪者の告白になる)。モデルの一部は「死の家の記録」に登場する囚人たちの中にいるだろう。ドスト氏の経験は悪の凄みと深みを見事に描いた(読んで不快になるくらいに)。
 語り手「おれ」の弾劾(とくに第1部)をまともな思想として読み取ろうとすると、足元をすくわれるよ。すでにみたように、孤立化アトム化して根無し草になったモッブの思想なのだ。よって立つ基盤がないなにもしないで引きこもって。近代を呪詛し、西洋に反発するだけのただの人。自分に価値はないものと思い込み、自分と同じくらいに他人にも意味がないとする。殊に問題なのは、他者の複数性を認めないこと。
(複数性に関するハンナ・アーレントの議論は以下を参照。)
仲正昌樹「今こそアーレントを読み直す」(講談社現代新書
仲正昌樹「悪と全体主義」(NHK出版新書)
 たとえば、松本健一は「ドストエフスキーと日本人」(レグルス文庫)で「地下室の手記」を「神や愛や光や人道主義がなくとも、人生は存在しているのだ(下巻P41)」という思想といっている。同書によると三木清は「『地下室の人間』が最も不幸で、最も悲惨なのであるが、実はかれこそが『人間の本来の存在可能性』のである(P52)」といっているのだが、間違っている。神や愛や光や人道主義を嫌うことが目的で、人生を延長しているだけなのだ。女性嫌悪を隠さず、ラスコーリニコフの夢に出てきた老いぼれた馬を鞭打ち、金梃でぶち殺す農民と同じことを女性にしているのだ。この女性や弱い者への加虐性は、スヴィドリガイロフ(@罪と罰)、スタヴローギン(@悪霊)、スメルジャコフ(@カラマーゾフの兄弟)に引き継がれていく。
 「地下室の手記」の思想と運動はネトウヨ・自称愛国者・極右などとほとんど重なっている。「おれ」の考えを突き詰めると、全体主義に至る道ができている。実現しなかった「カラマーゾフの兄弟」第2部でアリョーシャがキリスト教に基づく友愛社会を建設するために、皇帝暗殺をもくろむのは全体主義にいたる過程にほかならない。

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 たぶん語り手の「おれ」の思想はドストエフスキーそのものではない(と思う)ので、ドストエフスキー自身の批判に使うには注意しないといけない。でも、「作家の日記」をみると、ヒステリックではない「おれ」のような思想が書かれているので、切り分けは難しそうなんだけど。

 

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