odd_hatchの読書ノート

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フョードル・ドストエフスキー「死の家の記録」(光文社古典新訳文庫)-第2部 貴族やインテリは民衆を理解しようとして挫折する

2025/02/11 フョードル・ドストエフスキー「死の家の記録」(光文社古典新訳文庫)-第1部 貴族が監獄の囚人になるまでのイニシエーション 1860年の続き

 半年たって監獄に慣れた語り手は、第2部になって周囲に目を向け始める。貴族である語り手は、民衆である他の囚人から疎んじられる。しかし敵意を持って攻撃されるわけではない。そこには20年ほど前のデカブリストの乱で各地の監獄に収監された貴族たちが記憶されているかららしい。彼らの振る舞いが強い印象を残し、監獄の中では伝承されているようなのだった。とはいえ、民衆の囚人は第7章の「直訴」では貴族の語り手がデモに加わることを許さない。他の貴族の囚人やポーランド人といっしょに炊事場にいろと語り手の貴族に命じる。そこに革命思想や社会主義思想の萌芽をみたくなるが、ここはたんに階級の違いは容易には乗り越えがたいと見ればいいだろう。
(追記:シェストフ「悲劇の哲学」1902によると、記録の語り手ゴリアンチコフは政治犯であると暗示されているのこと。まさに「直訴」において民衆の囚人がゴリアンチコフの署名を拒否するのは、彼が政治犯であるためである。ドスト氏が検閲官をごまかすために、「序文」で偽りの経歴を書いたが、本文の記述で暗示されている。また、シェストフは、他の囚人を交わらず孤独に暮らすゴリアンチコフを「地下室」の人と見ている。慧眼。)
 何しろその次の章では、ほとんどの囚人は看守や獄典らを「親父」といって敬意をもち、彼等が感情的に下す刑罰に唯々諾々と随うのだから。直訴による高揚は一瞬の燃え上がりで、ほぼすべての日常は隷従なのだし。
(直訴の理由は食事の粗末さ。これにはエイゼンシュタインの「戦艦ポチョムキン」を思いだしたよ。フランス革命のバスチーユ監獄襲撃も血の日曜日も食糧事情の悪さ。直訴の直後に収容所に監察官がくるが、看守らのてんやわんやは羽志主水「監獄部屋」1925年にそっくり。)
 第2部では、貴族やインテリvs民衆という問いがなされていて、語り手は民衆を理解しようと努力する。それは上のように常に挫折する。なにしろ動かない時は低俗であるのに、いったん蜂起すると予想を越える高見に上昇し、すぐに冷めて日常にもどってしまう。そのような民衆をインテリはいつも捕え損ねる。なにしろここには民衆の低俗さや暴力、他人の侮蔑などが事細かに書かれているから。
 とりわけ第4章の「アクーリカの亭主」のひどいこと。夫が妻を殴るのは当時のロシアでは日常的であったのだが、ここでは殴り殺すまでにいたるから。殺人を正当化する男の屁理屈にも反吐が出そう。(「罪と罰」のスヴィドリガイロフも下男などに似たようなことをやり、自殺に追い込んだ。)
 第6章では監獄の中の動物が語られるが、囚人と動物の相性はよくない。みなで飼っているガチョウはクリスマスの前には知らぬ間に〆られるし、毛並みのよい犬は内職の素材になるし(コートの裏地に使った)。自分の利益のために他人や公共の財を勝手に使う。個人の幸福を最大にすることが全体の幸福を下げてしまう。「楡家の人々」にでてきた日本軍を思いだしたよ(孤島に閉塞された日本軍は部隊ごとに爆弾を使って漁をし、よく獲れた部隊は宴会をしたが、すぐに魚がいなくなって全軍が飢餓に陥る)。そういう愚劣さ、その日暮らしの無計画。
 ドスト氏と民衆の心理的・社会的な距離は離れている。理解や共感には程遠い。でも民衆(のなかの犯罪者たち)を観察することができた。ほとんどすべての囚人はいけ好かないダメな野郎ばかりであっても、ときに思いがけない行動をとる。そこからドスト氏は貧しい人々と犯罪者を深く認識するようになったのだろう。「死の家の記録」に記載されなかった犯罪者にラスコーリニコフやスヴィドリガイエフやスタヴローギンやスメルジャコフが、貧しい虐げられた人にマルメラードフやスネルギョフがいたとしてもおかしくはない。この小説より前にはまずいなかったこれらのキャラを想像することで、五大長編の深みがでてきた。
 本書と「地下室の手記」では、当時のロシアのインテリで優勢になっていた社会主義を批判する。例えば次のような文章がある(全体の検閲の危惧から書かれた断片だが、結局本書には収録されなかったという)。
「一つ宮殿を建ててみるがいい。大理石や絵や金細工で飾り立て、極楽鳥を放ち色とりどりの庭を造り、ありとあらゆる趣向を凝らす …… そしてそこに入ってみきっと、もはやどこへも出て行きたくなくなることだろう。もしかしたら、諸君は本当にそこから出ないかもしれない。何でも揃っているからだ!「幸せ者は高望みをしない」と言うではないか。/だが、急にちょっとした変化が生じる。諸君の宮殿のまわりが塀で囲まれて、諸君はこう告げられるのだ。/「何もかもお前のものだ! 存分に楽しむがいい!ただしここから一歩もでてはいけない!」/すると、請け合っていい、そのとたんに諸君は自分の極楽を捨て、塀を乗り越えたくなるのだ(略)宮殿が贅沢であればあるほど、暮らしが安逸であればあるほど、いっそう諸君の苦しみが募るようになる。まさにその贅沢ぶりが、癪に障ってたまらなくなるのだ。/そう、そこに足りないのはただ一つ。自由だ。自由できままな暮らしなのだ(P663-664)第一部第二章への補足(最終章に入らなかった断片)」
 まったく同じ思想が「地下室の手記」に書かれている。前に読んだとき、宮殿(水晶宮)は革命家が夢想するユートピアであると思い込んでいたが、ドスト氏の考える宮殿(水晶宮)はもう少しはばひろいイメージを持つものだったようだ。この宮殿の下には胸をたたく少女がひとり虐げられているというイメージを加えると、イワン(カラマーゾフの兄弟)の問いかけにも通じるのだろう。宮殿(水晶宮)は衣食住不自由のない監獄でもあるようなのだ。ここでは問題があることだけをおさえるまでにしておこう。


 収容所文学はいくつか読んできたが、ドスト氏の「死の家の記録」はほとんど例外的に明るい。囚人は人知れず殺されることがないからだ。民族差別(ポーランド人やカザフスタンら)はあるし、インテリと民衆は軽蔑しあい無視しあう。それでも看守が囚人を殺すことはない。囚人同士が殺戮する決闘をすることはない。気まぐれで刑期が延長されるかもしれないが、いつか解放される日があることは確信できる(なので本書を読む限りでは自殺する者はいないし、絶望して衰弱死するものもいない)。それは当時の封建制帝政ロシアが民族差別を国策にしていないせいだろう。民族浄化政策や「敵を殺せ」という政治スローガンが掲げられていないから、人を組織的に殺すことはない。
(これが20世紀の全体主義国家では民族浄化と政的殲滅が政策になるので、大量死が実行される。)

 

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