odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

山田正紀「僧正の積木唄」(文春文庫) 1930年代の移民排斥運動時代のロスで起きた日系人殺害事件。人種差別や日本軍の残虐事件が言及されないのでリアリティを損なっている。

 193*年。長年の不況と日本による中国侵略戦争は、アメリカに反日感情を強くもたらした。ドイツやイタリアのファシズムに影響を受けてファシスト政党ができるなど、排外主義と人種や民族の差別が多くの人をとらえる。彼らの不満(失業や低賃金、貧困、セイフティネットの欠如など)は、自国民の権利が移民によって奪われ、移民元が工作員を送りこんでいるという陰謀論で強化されていたのだった。ここニューヨークでも同じ。サンフランシスコやロサンゼルスほどではないが少なくない日本人が低賃金労働に従事し、自国文化を保持し容易に同化しようとしなかった。日本人は日常的に差別を受けていて、犯罪捜査では偏見に基づく捜査でしばしば容疑者にされる。
 さて、ニューヨークでは数年前の「僧正殺人事件」1929年が大きな話題になっていた。探偵ファイロ・ヴァンスの推理で事件は解決したかにみえたが、事件の関係者が自宅で爆殺されるという事件がおきる。奇妙なのは爆殺されてさらに首が切り取られていること。容疑は数年前からハウスキーパーになっている日本人。彼は「僧正殺人事件」のある容疑者の家でも同じ仕事をしていた。死体のそばにある封筒からはこの日本人の指紋しか見つからなかったため、逮捕される。
 それを知ったニューヨークの日本人会は、長年顧問をしているアメリカ人女性弁護士に弁護を依頼。あわせてサンフランシスコでアヘンに溺れているという噂の若い男を呼び寄せることにした。どうしようもなく洋服の似合わない若者は興奮するとどもり、猛烈に頭をかく癖があるが、時に見せる洞察は犯罪のすべてを見透かしているよう。その男、金田一耕助は日本人会のまわりをうろうろする。このところの「反日」の空気は彼らを荒ませていて、最近では日本人会のトップ比奈惟高(ひな・これたか)が、禅寺の当主青野草月が続けてなくなっている。重鎮を失った日本人会は動揺し、かつてほどの結束を保てない。給仕人の弁護は遅々として進まず、弁護士らには脅迫が相次ぎ、消耗が激しい。
 記述の大半は、「僧正殺人事件2」となずけられた爆殺事件についての考察。これが冗長で。同じような考察(ことに指紋のでどころについて)が何度も繰り返される。その過程で、ファイロ・ヴァンスの解決した「僧正殺人事件」が誤りではなかったかと何度も語られる。ヴァンスが高慢でしかしうらぶれた風情ででてくるのが揶揄される。ここらは気分がよくない。くわえて、当時の文化風俗が挿入される。映画「カリガリ博士」やヘミングウェイ「殺人者」やピンカートン探偵社アインシュタインの方程式とか。こういう細部のこだわりはおもしろい(すでに知っているトリビアが出てくるのはスノッブのプライドをくすぐる)。それでいて、日本人排斥や人種差別の実態はリアリティがなくて、歴史資料のレポートを読んでいるよう。この時代ではアメリカで南京事件ほかの日本軍の残虐事件が知られているのに、それを書かない/書けないのが大きな不満になった。これらを含めた記述のメリハリが自分の読書と合わなくて、ときに眠気を誘いました。文春文庫で450ページあるが、3分の2位に圧縮したほうがよかった。
(当事者であるデイル・フルタニの「ミステリー・クラブ事件簿」集英社文庫のほうが、日系人差別の厳しさ、ひどさを実感できる。))
 眼目は「意外な犯人」。よく隠していました。ただ、犯人の動機が納得いかないなあ。
 法月綸太郎の解説はあいかわらずそつがなくて見事。上にあるような本好きのための、ミステリ好きのためのトリビアに着目し、ファイロ・ヴァンスや金田一耕助の「防御率」の低さに言及。解決編の「大量殺戮の時代に死に意味を持たせるための犯罪」や「傀儡」などにも目を凝らす(俺はそんなことに全く興味がなかったので、この指摘は面白かった)。初出2002年、文庫化2005年。

 

 

 

 <参考エントリー>

odd-hatch.hatenablog.jp

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