radikoで放送大学が聞けるので、2023年秋から翌年にかけて「西洋音楽の歴史」講座を聞いていた。正式受講を申し込んでいないので、俺はニセ学生。耳できいているだけでは理解が不足するので、古い放送教材(2001年初版、2005年改訂)を購入。上の講義内容とは一致しないが、21世紀になってから音楽学の革命は起きていないので、多少古いテキストでも大丈夫(という判断。たぶん他の大学生向け教科書も読むだろうし)。
(なお、radikoの放送大学放送は2024年3月で終了。)

西洋音楽の歴史を350ページ足らずに圧縮するのはとても困難。それに巷にはJ.S.バッハから(モンテヴェルディから?)現代までを書いた本はたくさんある。ここでもその種の啓蒙本はたくさん取り上げてきた。なので、教授はJ.S.バッハ以降、古典派からの歴史はバッサリと切り捨てる。それは学生個人が自習して習得すればよい(それが可能な環境ができているから)という判断。まあ、俺は半世紀近くかけて本だけでなく音源も集めてきたから、そういうやり方でもいいのだが、20歳前後の学生が本書に登場する100人以上の作曲家と彼らの作品に見通しをつけるのは大変だと思う。頑張れ、若造。
かわりに、たとえば吉田秀和「LP300選」、パウル・ベッカー「西洋音楽史」などでは記述されなかったできごとが詳述される。古代ギリシャの音楽と思想、古代ユダヤ教・初期キリスト教の儀式と典礼、グレゴリオ聖歌より前の修道院音楽。これらは記譜がないので、現代に伝えられないうえ、復元の試みもほとんど耳にする(目にする)ことはない。でも、ここを経由しないと、中世後期に爆発的に増えた教会音楽がわからない。そうすると、ここの理解には古代ギリシャ史、初期キリスト教史も知っておかないといけない。 そのあとには世俗音楽の隆盛になるので、西洋中世の民衆と社会もしっておきたい。後半にはシューベルト「冬の旅」の読み取りがあるが、ドイツの徒弟制度とギルドの歴史の知識が必要になる。中世史と近世産業史を知っておかないといけない。西洋音楽を単体で理解することはできなくて、周辺知識を大量に持っておいたほうが良い。
(「古代ギリシャの音楽と音楽観」で、ピタゴラス教団の宇宙の音楽に興味を引いた。協和音が単純な数比に還元できることから、諸天体は固有の音響を発していて、階音になっていると考えた。その考えはプテロマイオスの宇宙論に引き継がれるし、ダンテの神曲にあるように宇宙が10の天に分かれ固有の音響をもっているというアイデアに現れ、ケプラーが数学的な宇宙論に採用する。数比が大事。聞こえない音楽を聞き取ろうと努力する。音楽の哲学とはこういうことなのだろう。それはきっと数学でも数の意味付けに残っているのではないかな。NHK教育テレビの番組「笑わない数学」BSD予想の回を思い出す。楕円曲線の有理数解がいくつあるかは数学の重要問題。なぜ分数で表される有理数であることにこだわるのか。エレガントさに魅かれるのだろうが、俺はこういうこだわりにピタゴラス教団の影響が残っているのを見た。おもしろい。)
古代から近世になるまでの記述はとても面白かった。でもルネサンスからバロックの切り替わりになるところから先は不十分に思えた。だいたい1600年を転換期にするとき、ヨーロッパで何が起きたか、その結果音楽がどう変わったのかの説明がたりない。本書の記述からルネサンスとバロックの違いを俺が類推すると、教会だけで音楽(世俗音楽とは一線を画している。12世紀のトゥルバドゥールの音楽はどこに行った?)を聞いていたルネサンスから、教会の外の貴族や豪商の館のような世俗でも音楽を聴けるようになったバロックに代わったのだ。そこには富を市民が持つようになり、教権が弱くなったことが背景にある。そのあとも「市民社会」が音楽と作曲家を変えたとあるが、ここでいう市民は選挙権を持つ人たちなので、「冬の旅」の主人公である放浪徒弟は市民ではない。農民のほとんども同様に市民ではない。このあたりがわからないと、20世紀の「大衆音楽」との違いが見えてこない。
また西洋は分断と統合を繰り返してきたという記述がところどころにでてくる。抜き書きすれば、14世紀に分断があり、15世紀は統合の時代で、16世紀の分断、17-18世紀の統合、19世紀の分断がある。それは国家の形態と統治の変化が理由だし、またペスト大流行のような自然災害の影響があり、ビザンチン帝国の繁栄と没落、元寇、オスマントルコの繁栄と没落のような西洋の周辺の状況にも左右されている。
2014/03/08 クシシトフ・ポミアン「ヨーロッパとは何か」(平凡社ライブラリ)-1
2014/03/10 クシシトフ・ポミアン「ヨーロッパとは何か」(平凡社ライブラリ)-2
2014/03/11 クシシトフ・ポミアン「ヨーロッパとは何か」(平凡社ライブラリ)-3
2022/04/11 増田四郎「ヨーロッパとは何か」(岩波新書)-1 1967年
2022/04/8 増田四郎「ヨーロッパとは何か」(岩波新書)-2 1967年
(統合している時期は人が国境や言語の境を超えて自由に行き来していた。中世の放浪学生や近世の放浪徒弟の存在、彼らを集める大学ユニヴェルジタスもみておきたいな。)
今道友信「西洋哲学史」(講談社学術文庫)
クラシック音楽と大衆音楽のつながりは、20世紀初頭のジャズやキャバレーソングとの相互交流から語られるのだが、ハイドンやベートーヴェンらがスコットランド民謡の編曲をしているころからあったとみたほうがよい。それは雑誌に楽譜を掲載するというメディアの変革に由来している。彼らより少し先輩のテレマンやヘンデルも雑誌に歌曲の楽譜を載せて印税収入を得ていた。本書ではルネサンス末期の活版印刷くらいが語られるだけだが、18世紀後半からの雑誌や新聞の普及、楽譜出版社の設立もみたほうがよい。これはヨーロッパ統合の時代のできごとなので、ヨーロッパ全土に馬車輸送のネットワークができていたことも影響している。
また印税と著作権のしくみが19世紀にできたことも重要。印税収入だけで生活できた最初の作曲家はブラームスであったのは大事。ハンガリー舞曲のヒットのおかげで、かれは純粋音楽の作曲に専念できたのだ。もちろんその対比として、バロック以前では他人の作品を利用したり改変したりするのは当然であたりまえのことだった。モーツァルトもミヒャエル・ハイドンの交響曲に序奏を書き加えて自作として演奏したくらい(第37番)。
19世紀以降の音楽は通常モーツァルト、ベートーヴェンからシューマン、ワーグナー、新ウィーン学派という流れで見る。そうするとドイツ以外の国の音楽が等閑視されるので、ここは前のドイツの音楽家の名前が出てこない各国史でみたほうがいいのではないか。バロックから20世紀初頭までのフランス、イタリア、ロシアの音楽史が独立に(しかし影響しあいながら)あったとする見方が必要。 あわせて、西洋の周辺との文化交流もほぼ無視されている。アラビア、北アフリカなどの影響は独立した章にしてもいいくらい。
このあたりは文句なのではなく、本書あるいは「西洋音楽の歴史」の類書を読んでもほとんど書かれないので、大学生は自力で周辺事項の知識を集めていくべき。社会学や歴史学と突き合わせて音楽作品や作曲家をみるほうがよいというおせっかい。あと不満は高校の日本史教科書と同じように、古代から中世が詳しく、近世以降が駆け足になって、現在とのつながりが見通しにくくなっているところ。また、録音技術の発明によって1900年ころからの演奏が記録されるようになった。演奏のスタイルの変化が実際にわかるようになったので、録音再生技術とメディアの放送技術とあわせた演奏スタイルの変遷も一つの章か節がほしい。
ああ、そう。中世からバロックにかけて音楽スタイルが変わることを本書(に限らず西洋音楽史一般)では言葉と音の関係で説明している。でも、教会建築がロマネスク様式・ゴシック様式・ルネサンス様式・バロック様式と変わったことも重要。単純な箱だったのが、高い天井になり、左右に両翼が張り出すようになり、バルコニーやオルガンが置かれ、収容人数が増えていった。そのために響きをよくしたり、残響効果を利用したり、別働の演奏者を配置してステレオ効果を強調したりした。それが音楽の複雑さになっていった。こういう視点も重要。
2023/03/22 片山杜秀「ベートーヴェンを聴けば世界史がわかる」(文春新書) 2018年
2023/03/15 伊藤乾「指揮者の仕事術」(光文社新書) 2010年
本書を読んだ講義レポートとしてこのテキストを出したら、単位はもらえそうにないな。
笠原潔「改訂版 西洋音楽の歴史」(放送大学教材) → https://amzn.to/440E1yV