odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2014-07-01から1ヶ月間の記事一覧

金子光晴「ねむれ巴里」(中公文庫) 世界不況下のパリを下から覗くと、輝きすら幻滅にみえ、栄光は恥辱にまみれ、非凡が凡庸のきわみにみえる。

前作「どくろ杯」では、森三千代と巴里に抜けようというところ、上海にカウランプールほかで道草を食うところまで書かれていた。ここでは、先に送り出した森三千代を追って、シンガポールからインド洋にでる貨物船に乗船するところから始まる。そして約2年間…

池井戸潤「ルーズヴェルト・ゲーム」(講談社文庫) 熱血少年野球マンガを大人の視点でみたらビジネスに通じるところがあった。

往年の栄光はどこへやら、今は廃部寸前の野球部に転校生(新入生)が入部する。部員たちは彼らを白眼視するが、転校生(新入生)はわき目も振らずに猛練習。反目していた部員たちは彼の熱意に打たれたか、あるいは喧嘩のすえの和解でか、いっしょに練習をは…

池井戸潤「下町ロケット」(小学館文庫) 「努力・友情・勝利」で日本人の琴線に触れる国民文学。御都合主義なところもふくめて愛される小説。

ロケットの開発研究者が試作に失敗し、父の町工場を継ぐことになった。以来7年、売り上げを三倍に伸ばすくらいの手腕を発揮したが、売る当てのない水素エンジン用バルブの開発に巨額な研究費を投資している。そのことに社内の風当たりは強いが、利益の出て…

池井戸潤「不祥事」(講談社文庫) 銀行を舞台にした「水戸黄門」。印籠のかわりに理性に科学にディベート能力あたりを使う。

全国に支店を構える都市銀行・東京第一銀行の事務部には臨店チームという組織がある。これだけ支店が多いと同じシステムを使っていても支店ごとに業務の仕方が異なるので指導教育を担当したり、人事リソースの不足した支店に応援に出かけたり、不祥事やミス…

池井戸潤「銀行総務特命」(講談社文庫) 銀行の破綻や不祥事が続発していた時代に書かれた,銀行が自浄作用を持つというファンタジー。

都市銀行でも有数の大手である帝都銀行には、総務部企画Gの特命担当という組織がある。彼らのもとには行内の不祥事を処理する依頼がやってくる。どの部署に行っても嫌われる特命課・指宿修平調査役が巨大銀行の闇と対決する!! こんなあおりでいいかな。テ…

高野和明「ジェノサイド 下」(角川文庫)

2014/07/23 高野和明「ジェノサイド 上」(角川文庫) 全体は3部構成。第1部「ハイズマンレポート」はネメシス計画の準備とターゲットの補足まで。ここでは、小松左京「復活の日」、笠井潔「オイディプス症候群」などの人工的な病毒ウィルスをめぐるパニック…

高野和明「ジェノサイド 上」(角川文庫)

登場人物のすべてがプロであって、そのプロがおのれのプライドにかけて任務を達成しようと意気込んでいる。そうすると、どのような危機も克服できるのであって、その克服の方法が素人のわれわれの予想を超えているのであるから、われわれは神のごとき「上か…

早坂隆「世界の紛争地ジョーク集」(中公新書) 社会の監視や警備が厳しいほど、ジョークや小話がさえてくるが、人間は度し難いといういやな気分を味わう

海外にでかけてパーティや居酒屋によるごとに、人々のジョークや小話、アネクドートを採集する博物学者に開高健がいた。「オーパ」や「もっと遠く」「もっと広く」の旅行で集めたジョークや小話は「食卓は笑う」(新潮社) にまとめられている。ほかのエッセ…

小田実「「ベトナム以後」を歩く」(岩波新書) 1982年ふつうの国のベトナムとジェノサイドのあとのカンボジアを旅する。

1982年10月に2週間ほどヴェトナムとカンボジアを取材したのをベースに、1984年に出版した。この年にはまだ「社会主義諸国」があって、なんとかしよう/なんとかなるだろうという希望を持っていた時代だった。 1 「ふつうの国」としてのベトナム ・・・ 戦争の…

吉野源三郎「同時代のこと」(岩波新書) 1960年代のベトナム反戦運動の理論的な水準を示す一冊。

著者は1899年生まれ。東大哲学科を卒業。マルクス主義を勉強して、現実変革の意思を持ったが、当時はかなわず。戦後は岩波書店の雑誌「世界」の編集長を長く務める。「世界」の関心には日米安保条約があり、その関連でヴェトナム戦争のレポや論文をたくさん…

生井英考「ジャングル・クルーズにうってつけの日」(ちくま学芸文庫)-4 ヴェトナム戦争後に生まれたメタファー。記念碑、小説、迷彩服。

2014/07/14 生井英考「ジャングル・クルーズにうってつけの日」(ちくま学芸文庫)-1 2014/07/15 生井英考「ジャングル・クルーズにうってつけの日」(ちくま学芸文庫)-2 2014/07/16 生井英考「ジャングル・クルーズにうってつけの日」(ちくま学芸文庫)-3…

生井英考「ジャングル・クルーズにうってつけの日」(ちくま学芸文庫)-3 地上兵や飛行兵その他の戦闘員たちが経験した戦争のシンボル。さまざまなヴェトナム戦争の「ユニーク」さによって、兵士の残虐行為や理不尽な仕打ちが詳細に描かれる。 

2014/07/14 生井英考「ジャングル・クルーズにうってつけの日」(ちくま学芸文庫)-1 2014/07/15 生井英考「ジャングル・クルーズにうってつけの日」(ちくま学芸文庫)-2 第2部の「表現」をうけて、地上兵や飛行兵その他の戦闘員たちが経験した戦争のシンボ…

生井英考「ジャングル・クルーズにうってつけの日」(ちくま学芸文庫)-2 ヴェトナム戦争を同時代の人々がどのように「表現」したか。家に居ながらにしてみることができた戦争。

2014/07/14 生井英考「ジャングル・クルーズにうってつけの日」(ちくま学芸文庫)-1 第1部の「印象」を受けて、ヴェトナム戦争を同時代の人々がどのように「表現」したかをみる。この戦争がユニークなのは、TVカメラが入り、その日に起きたことが当日の夕…

生井英考「ジャングル・クルーズにうってつけの日」(ちくま学芸文庫)-1 1962年から1969年までのアメリカの参戦からベトナムでの戦いの激化まで。

戦争をまるごと全体とらえるというのはだんだん難しくなっていく。古い戦争では、ある特別な会戦に注目することによって、軍隊、政治、経済、大衆の生活などへの影響を表現することができた。表現されたものに「全体」が含まれていると錯誤することができた。…

石川文洋「戦場カメラマン」(朝日文庫)-2 アメリカ撤退後のベトナム周辺ではそれぞれの民族が互いに憎悪と差別の感情で戦争と残虐行為が行われる。

2014/07/10 石川文洋「戦場カメラマン」(朝日文庫)-1 1972年のパリ会談のあと、アメリカ軍の撤退が発表される。それと軌を一にして、北ヴェトナム政府が西側諸国のジャーナリストを招待した。その一員になったことから、しばらく南ヴェトナムの取材が許可…

石川文洋「戦場カメラマン」(朝日文庫)-1 ベトナム戦争のアメリカ兵。緊張してばかりの兵士は疲労の極で酒や麻薬に溺れ、村人への残虐行為になって発散する。

著者は沖縄生まれ、東京育ち。沖縄戦の前に疎開していたので、戦禍に会うことはなかったが、親類縁者に多数の死者がでた。そのことを知る祖母がときおり登場し、当時を述懐する。その言葉が、以下のヴェトナム戦争とそれ以降の戦場の被災者、被害者に重ねら…

開高健「ベトナム戦記」(朝日文庫) 1964-65年に国家の後ろ盾なくベトナムを歩いた作家のルポ。戦場で死にそうな目に会う。

作家は1964年末から1965年初頭の100日間をベトナムに過ごした。北の共産党が反抗を組織し、南の解放戦線が独立戦争を開始した。アメリカの支援を受けた政府があったが誰も信用していなくて、南ベトナム軍の将校は定期的にクーデターを起こしていた。金のある…

浅野裕一「孫子」(講談社学術文庫) 戦争の暗黙のルールを共有していない「敵」との戦略や戦術立案に有効かどうかは疑問

テキストクリティークの話から。もともとは紀元前500年ころに成立したといわれるが、自著ないし当時の本はもちろん残っていない。孫子の稿本は遡っても宋の時代(960-1279)まで。その写本は限りない人の手を経ていて、本文と注釈の区別がつかなくなっている…

今坂柳二「さやまの民話」(狭山市農業協同組合) 明治生まれの人が伝承していた民話は昭和の高度経済成長期に失われた。

これは普通では入手できない本。農業協同組合の機関紙に連載していた民話を家の光出版サービスが印刷製本したもの。農協の関係者と図書館くらいにしか配本されていないと思う。親類が農業をしていたので、謹呈されたようだ。 前書きをみると、1977年ころから…

山中恒「おれがあいつであいつがおれで」(旺文社文庫)

もとは1979年に旺文社の雑誌に連載されていた。自分が読んだのは1982年の旺文社文庫版。いまでは角川文庫で出版されている。この小説はむしろ大林宣彦監督の映画「転校生」で知られているかな。 「斉藤一夫は小学六年生。ある日クラスに斉藤一美という転校生…

ミヒャエル・エンデ「モモ」(岩波書店) 時間貯蓄銀行は貨幣の比喩。資本主義や利子の付く貨幣による社会の不正や混乱を克服するのは芸術であるという主張。

この本を読んだある経済学者がエンデに「この本の主題は貨幣だね」といったところ、そうだという返事をもらった。そこでエッセーを書き、シルビオ・ゲゼルという経済学者(現在では傍流のいささかふうがわりな学者と思われている)の研究雑誌に載せた。その翻…

舟崎克彦「ぽっぺん先生と帰らずの沼」(ちくま文庫) ありふれた陳腐な教訓や道徳から遠く離れていることが、この児童文学を大人になってからの再読に耐えるものにしている。

ぽっぺん先生シリーズの第2作。1974年初出。 大学は夏休みになったけど、ぽっぺん先生は今日も出勤。というのも、大学構内の「カエラズの沼」の生態系を30枚で書いてくれという執筆依頼があるから。暑さのせいか書きたいことがありすぎるのか、ぽっぺん先生…

舟崎克彦「ぽっぺん先生の日曜日」(角川文庫) 本読みが本の世界に巻き込まれるという本好きにはたまらない本。

ぽっぺん先生シリーズの第1作。1973年初出。 ファンタジーにおいて、設定した異世界にまで主人公を届ける描写は難しい。そこに到着するまでの間に、異世界に移動したことを読者にわからせなければならず、同時に異世界と読者や作者のいるこの世界が隔絶して…