odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

サンリオSF文庫

フィリップ・K・ディック「聖なる侵入」(サンリオSF文庫)-2

2018/06/22 フィリップ・K・ディック「聖なる侵入」(サンリオSF文庫)-1 1981年 ハーブとリビス、あるいはリンダ・フォックスに起こる巻き込まれがたサスペンスといっしょに、霊的な闘争が進行する。それを担うのは、リビスから生まれた異星人と地球人の子…

フィリップ・K・ディック「ティモシー・アーチャーの転生」(サンリオSF文庫)-1

PKDには極めて珍しい女性の一人称視点。長編でも短編でも、このような書き方をしたのはなかったのではないか。 カリフォルニアの聖公会のティモシー・アーチャー主教。神の遍在を証明しようと、文献を読み漁っていた。今回彼が注目したのは紀元前2世紀ころの…

フィリップ・K・ディック「ティモシー・アーチャーの転生」(サンリオSF文庫)-2

2018/06/19 フィリップ・K・ディック「ティモシー・アーチャーの転生」(サンリオSF文庫)-1 1982年 物語をティムの側から見ると、「ヴァリス」のホースラヴァー・ファットの行ってきたことに等しい。異なるのは、ティムは主教で名声があり、精神疾患を持っ…

サンリオ編集部「悪夢としてのP・K・ディック」(サンリオ)

さて、8カ月(2016.11-2017.06)かけて手持ちのPKDの長短編を48冊読んだ。その間、意識的に評論を読まずにいたわけだが、全部読み終えた今、読み返すことにする。これは1986年にでた評論集。たぶん「あぶくの城 -フィリップ・K・ディックの研究読本」(北宋…

ヴォンダ・マッキンタイア「夢の蛇」(サンリオSF文庫) 「大壊滅」後の地球。人を救う女性治療師は畏怖と差別を同時に受ける。

「脱出を待つ者」と同じころか数百年あと。<中央>はあいかわらずシステムの外の人たちを排除して、科学その他の知識を独占して生存。それ以外の荒地に住む人たちは、小さなコミューンをつくって、地球の中世時代のような自給自足の生活をしている。医療は…

ヴォンダ・マッキンタイア「脱出を待つ者」(サンリオSF文庫) 「大壊滅」後の地球を支配する〈中央〉〈ファミリー〉に属さないはぐれものが宇宙船に乗って脱出しようとする。

過去に大壊滅があって、地上は生存できない環境になっている。そこで、残された人類は地下に洞窟都市をつくっている。<中央>というのがあって、それをいくつかの<ファミリー>が支えている。<中心>は動力源を保有し、いくつかの<ファミリー>が保全事…

ケイト・ウィルヘルム「杜松の時」(サンリオSF文庫) 男性原理とそれで構成された社会は、攻撃的で支配的で破壊的。失意から回復する過程にある女性に近寄る男は鈍感で女性の要求を理解できない。

アメリカでは干ばつが急速に進み、ほとんどの産業が壊滅した(それ以外の地では大雨や寒冷など世界的な異常気象)。国家の支援は用をなさなくなり、人々はパニックになるか、茫然自失しているか。各地で暴動が起き、人々の放浪が始まり、世界に破滅が訪れて…

ケイト・ウィルヘルム「鳥の歌いまは絶え」(サンリオSF文庫) 「大壊滅」後の不妊で縮小する社会をクローン技術で解決しようとする全体主義社会の恐怖。

<大壊滅>が起きて数十年。文明と文化と国家は破壊され、放射能で汚染された土地で、人々は100人くらいの共同体で暮らしている。今では、長雨に洪水で農業生産が激減、都市に残された遺産も収奪され枯渇しようとしている。しかも不妊と死産が起きて、人口も…

ケイト・ウィルヘルム「クルーイストン実験」(サンリオSF文庫) 男性優位社会で抑圧される天才女性科学者のたった一人の反乱。

「アーシュラ・ル・グィン」のタグをつけたのは、彼女とほぼ同時代(1970年代)に、フェミニズムSFを書いたアメリカ作家であるということから。 大手製薬メーカー・プレイザー製薬は、新しい痛みどめの開発を行っている。臨床治験のフェーズの最初の方でよい…

カート・ヴォネガット「カート・ヴォネガット大いに語る」(サンリオSF文庫) 奇想天外で能天気なほら話をする陽気なおじさんが語るペシミスティックな想念と涙もでてこないほどの絶望と孤独。

作家の小説に一時期はまっていて、著者名に「Jr」がついているころから、ずっと追いかけていた。その当時、翻訳されていたものは全部読んでいたのではないかな。どうやって知ったのかというと、たぶん大江健三郎のエッセイで。「坑内カナリア理論」で知った…

ミシェル・ジュリ「不安定な時間」(サンリオSF文庫) 現実と夢の境界の消滅、ループした「現実」からの脱出、自己同一性の不確かさと自己回復のための聖杯探究というテーマを持っているが、エンタメ要素はまったくない。

2060年、ロベール・オルザックは時間溶解剤を飲んだ。この薬は、現実から意識が遊離して<溶時界><不安定界>なる時空体に入ることになる。そこでは継時的な時間はなく、タイムスリップに似た感覚をもつことができる。初出の1973年には、現実と夢の境をま…

フィリップ・キュルヴァル「愛しき人類」(サンリオSF文庫) シュールリアリストの作者は世界の設定やガジェットの案出の方に気がいったらしく、物語の進行は滞りがち。

フランスのシュールレアリストで作家のキュルヴァルが1976年に書き、翌年のアポロ賞を受賞した、という。 奔放なイメージが錯乱し、いくつもの物語が同時に進行している。なので箇条書きにするしかない。 ・20年前にマルコム(旧ヨーロッパ共同体)は国境を封…

アントニイ・バージェス「1985年」(サンリオSF文庫)-3 本が捨てられ思考しなくなった人々の社会で、知識を求める「たったひとりの反乱」。

2015/12/07 アントニイ・バージェス「1985年」(サンリオSF文庫)-1 2015/12/08 アントニイ・バージェス「1985年」(サンリオSF文庫)-2 かんたんにストーリーをまとめると、歴史教師のベブ・ジョーンズは組合運動史ばかりを教える公教育にすっかり…

アントニイ・バージェス「1985年」(サンリオSF文庫)-2 労働者が国家公務員になる大多数のワーキングクラスが少数の特権階級と異端者(アノマリー)を抑圧するディストピア小説。

2015/12/07 アントニイ・バージェス「1985年」(サンリオSF文庫)-1 では「1985年」の社会をみることにしよう。 オーウェル「1984年」では人口の1.5%の特権階級が「党」を作って、国家を統制する社会になっている。バージェス「1985年」ではそのような特…

アントニイ・バージェス「1985年」(サンリオSF文庫)-1 オーウェル「1984年」は1937~47年までのイギリスとソ連の関係そのもの。

このエントリーを読む前に、オーウェル「1984年」を読むことをお勧めします。このエントリーは、「1984年」の感想とつながっていますので、先に以下のエントリーを読むことを希望します。 2015/12/01 ジョージ・オーウェル「1984年」(ハヤカワ文庫)-1 2…

フレドリック・ブラウン「ブラウン傑作集」(サンリオSF文庫) 星新一が翻訳した傑作集。星新一のやわらかく楽天的な文体はブラウンには合わないけど、入門には最適。

フレドリック・ブラウンの没後5周年を記念したのか、アンソロジーが1977年に編まれた(死亡年は1972年)。それがこの傑作集。編集はロバート・ブロック(@サイコ)。ブラウンの仕事は多岐にわたるが、SFとホラー、ショートショートにかぎって収録したという…

ロバート・シルヴァーバーグ「確率人間」(サンリオSF文庫) 強固な宿命論を崩せるのは新興宗教だけ? さて、ここから始まると思ったところで、唐突に終了して肩透かし。

存在がシュレーディンガーの猫のように量子的に変動し、現存在の根拠を失った男。なぜおれは、連続的な存在ではないのか、というような不条理SFかとタイトルから考えた。PKDみたいな狂気の世界が開陳されるのではないか、と。 ところが本書の「確率人間」は…

トーマス・M・ディッシュ「キャンプ・コンセントレーション」(サンリオSF文庫)

まずタイトルから。通常は「コンセントレーション・キャンプ」で使われて「収容所」の意味を持つ。ここでは意地悪く、「キャンプ」に低俗なもの・悪趣味なものを楽しむ趣味倒錯の意味をもたせ、「コンセントレーション」に神経衰弱の意味も含ませる。そのう…

イアン・ワトソン「マーシャン・インカ」(サンリオSF文庫) 無理やりに邦訳すれば「火星(人)化されたインカ」。言語は人間という存在の拡大ないし進化を妨げる原因らしい。

タイトルの「The Martian Inca」を無理やりに邦訳すれば「火星(人)化されたインカ」とでもなる。キーワードは「火星」と「インカ」。 米ソ(書かれたのは1977年だからね)で惑星開発競争が盛んになり、アメリカは火星で「ウォーミング・パン(加熱装置)」…

イアン・ワトソン「ヨナ・キット」(サンリオSF文庫) 意識が拡大したクジラと自閉する人類をつなぐのは呪術的で神秘的な意識を持つニホン人。な、なんだって。

タイトルはいくつもの意味が隠されているとみえる。まず「ヨナ」は登場するクジラの名前であるし、ソ連の研究所が推進しているプロジェクトの名前であるし、もちろん聖書に登場するクジラに飲まれたヨナでもある。「キット」はそのまま部品とか一部を構成す…

ロバート・ホールドストック「アースウィンド」(サンリオSF文庫) 「大壊滅」後の易経と風水に従って生きる人たちが異星人に遭遇。

遠い未来でどうやら銀河連邦のような組織をつくっているらしい。読者であるわれわれの現実からずれているのは、未来予測に易経を使い、その卦をみて行動を決めているらしいこと。なので、他の惑星に交易などで駐留する宇宙線には「義理者」と呼ばれる易の担…

マイクル・コニイ「ブロントメク!」(サンリオSF文庫) 改革意欲をなくした植民地惑星を巨大企業が買収し、全体主義社会を作ろうとしている。

地球から移住可能な惑星アルカディア。ここに住むマインドというプランクトンは50年おきに大発生し、人間の脳波に影響を与えてうつ症状を引き起こし、集団で入水自殺する事態を起こしていた。それを抑えるのは自生している植物から抽出した イミュノールとい…

マイクル・コニイ「カリスマ」(サンリオSF文庫) とても運の悪い男がどこのパラレルワールドでも殺害事件に巻き込まれて真犯人を追いかける。男の身勝手さが気に障る。

パラレルワールドないし並行世界論というのがあって、この物理現実の世界の<横>にほんのわずかだけ違った別の世界がある、その横にはその差異にほんのわずかの違いが加わった別の世界がある。すこしずつ差異を増やしながら無限の数の世界が連なっている。…

クリストファー・プリースト編「アンティシペイション」(サンリオSF文庫) バラードの次世代にあたるイギリスSF作家が「予感」ないし「期待」をテーマに書いた短編集。

アンティシペイションは「予感」ないし「期待」を意味するという。この国だと使わない言葉。未来の不確かさを表すことばに「リスク」があるけど、リスクのような不安定や損失の意味合いはなくて、むしろ待ち望むものが現れるような明るさをもっている言葉に…

クリストファー・プリースト「逆転世界」(サンリオSF文庫)

魅力的な舞台設定で、読み始めたらもうページを繰る手が止まらない。それが「逆転世界」。なにが逆転しているのか。 世界の全体は、「地球市」と名付けられた全長1500フィート、全7層の要塞めいた建物。それが過去200年間移動し続けている。住民の大半は建物…

リチャード・カウパー「クローン」(サンリオSF文庫) 知能化したチンパンジーと最初のクローン人間という「ニュータイプ」を人類は嫌う。

2072年(本書出版年の100年後)のイギリス。人口爆発のために3億5千万人が住み、ロンドンは5千万都市になっている。このころまでにチンパンジーの知能化に成功し、英語を喋り、人間の労働の一部を代行する。それもだいぶ時間がたち、チンパンジーの一部は労…

コリン・ウィルソン「迷宮の神」(サンリオSF文庫) 「意識の拡大」論者が性的遍歴をしながら異端宗教「不死鳥教団」を発見する。追放された精神分析医ヴィルヘルム・ライヒの主張の小説化。

作家ジェラード・ソームはある出版社から18世紀後半の貴族エズマンド・ダンリイについて書くように求められる。エズマンドは1748年生まれ1832年死去の放蕩者。性的遍歴をポルノチックにつづった日記によってのみ知られていたとされる。18世紀後半には無名氏…

ブライアン・オールディス「兵士は立てり」(サンリオSF文庫) 1944年インパール作戦に参加したイギリス兵士の回顧談。軍隊内部の暴力がないイギリス軍は日本軍を圧倒する。

ニューウェーブの担い手としての作品ではなく、自伝的なホレイショ・スタブス3部作の第2作。第1作「手で育てられた少年」第3作「突然の目覚め」もサンリオSF文庫で出版されたが、そちらは未入手・未読。なのでこの一作だけを取り上げることになる。 1971年に…

ブライアン・オールディス「世界Aの報告書」(サンリオSF文庫) 誰かがだれかを監視している多層構造。のぞきと引用は読書することの比喩。

イギリスとおぼしき国の郊外に館がある。マリイ氏とその妻が住んでいるらしい。その周囲にはバンガロー、煉瓦の納屋、馬車格納庫などがあり、G(元庭師)、S(元秘書)、C(元運転手)がこもっている。彼らの目的はマリイ氏を監視すること。望遠鏡や双眼鏡を使…

ラテンアメリカ文学アンソロジー「エバは猫の中」(サンリオSF文庫)「美しい水死人」福武文庫 20世紀中南米文学の書き手を網羅した入門書。

初出は1987年。中南米文学の単行本は高くて買えなかったので、それこそサンリオSF文庫にしかなく、重宝した。この本に収録された作家を後で追いかけた記憶がある。いや、そんなことを言うことができなくて、とにかく文庫化された中南米文学は片端から買うし…