odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

日本文学_エンタメ推理小説

竹本健治「匣の中の失楽」(講談社文庫)

これで3度目か4度目かの再読。 この迷宮めいた小説を少し変わった観点からサマリーをかいてみよう。すなわち、序章はたぶん一般的な小説であるとして、ミステリー愛好家の大学生とその周辺の仲間(計12人)のひとりが7月14日の盛夏に密室で刺殺された、とい…

竹本健治「凶区の爪」(光文社文庫)

季節の変わり目のせいか体調不良で集中力が切れていて、読書が進まない。気軽に読めると思って購入。 「会津地方一の名家・四条家で惨劇が起きた。―17歳で史上最年少の囲碁・本因坊となった牧場智久たちが、四条家に招かれた翌朝だった。蔵の白壁に首なしの…

赤川次郎「幽霊列車」(文春文庫) 作家の出世作。岡本喜八監督のテレビドラマのほうが印象深い。

「とある温泉町で列車に乗った7人が忽然と姿を消すと言う事件が起きた。宇野警部は休暇も兼ねて捜査に赴いた温泉で、女子大生の夕子に出会う。事件に興味を持った夕子は、宇野の姪と言う事で一緒に捜査に乗り出す。非協力的な村人達の中で、唯一協力的な健吉…

島田荘司「切り裂きジャック・百年の孤独」(集英社文庫) 壁崩壊前のベルリンは猥雑で危険でアナーキーな魔窟のよう

「1988年、西ベルリンで起きた謎の連続殺人。五人の娼婦たちは頸動脈を掻き切られ、腹部を裂かれ、内臓を引き出されて惨殺された。19世紀末のロンドンを恐怖の底に陥れた“切り裂きジャック”が、百年後のベルリンに甦ったのか?世界犯罪史上最大の謎「…

平石貴樹「だれもがポオを愛していた」(集英社文庫) ライト・ハードボイルドの文体で、カーの事件を物語る。巻末の「アッシャー家の崩壊」を犯罪小説とする読み替えエッセーは見事。

「米国ボルティモア市郊外で日系人兄妹の住むアシヤ屋敷が爆破された。直前にかかった予告電話どおり、『アッシャー家の崩壊』そのままに幕を開けた事件は、つづく『ベレニス』『黒猫』に見立てた死体の発見を受けていよいよ混沌とするが……。デュパンの直系…

植草甚一「ミステリの原稿は夜中に徹夜で書こう」(双葉文庫) ネットがない時代には洋書を大量に買い込む事情通の情報が重宝された。英米中心の探偵小説史講座も収録。

「ニューヨークから海外ミステリを紹介した「ミステリの原稿は夜中に徹夜で書こう」、背表紙や表紙の写真を集めた「ニューヨークで買ったミステリの本」 、海外ミステリの書評「ミステリ・ガイド」、カルチャーセンターで行われた推理小説講義のテープを起こ…

天藤真「大誘拐」(創元推理文庫) 誘拐犯が人質に振り回されててんやわんや。小説も映画も誘拐ものの大傑作。

本を読む前に、DVDになった岡本喜八監督の映画(1991年公開)を見た。1960年代の傑作群と比べると、見劣りのする映画であって、それでもなお1980年以降の映画からすると優れた作品になっているのは立派なものだ。ひとりの監督の作品を年代順にみていくと…

荒巻義雄「エッシャー宇宙の殺人」(中公文庫) エッシャー宇宙は小説の引用でできている。夢の中で夢を見ると、それは現実に他ならない?

カストロバラバは不思議な港町。町のあちこちにエッシャーの描いた版画、スケッチその他とまったく同じ建物や設備がある。その空間は、我々読者がこの地球にいるような三次元と重力の影響と無関係である。そのために、三次元ではありえない捻じ曲がった空間…

小林信彦「紳士同盟」(新潮文庫) 1978年に5千万円を至急調達するために仕掛けるコンゲーム。だまし・だまされは読者にも仕掛けらえている。

「いんちき臭くなければ生きていけない! 思わぬ運命の転変にめぐりあい、莫大な金を必要としたとき、四人はそう悟った。目標は二億円――素人の彼らは老詐欺師のコーチを受け、知恵を傾け、トリックを仕掛け、あの手この手で金をせしめる……。奇妙な男女四人組…

小泉喜美子「弁護側の証人」(集英社文庫)

「ヌードダンサーのミミイ・ローイこと漣子は八島財閥の御曹司・杉彦と恋に落ち、玉の輿に乗った。しかし幸福な新婚生活は長くは続かなかった。義父である当主・龍之助が何者かに殺害されたのだ。真犯人は誰なのか? 弁護側が召喚した証人をめぐって、生死を…

日影丈吉「かむなぎうた」(ちくま文庫) 現実の時間と回想する昔話の時間が融解していて、どちらが現ともわからない状況をかもし出す筆の力はたいしたもの。

「ハイカラ右近探偵全集」(講談社文庫)を読んでピンとこなかったのだが、こちらの短編集は面白かった。とはいえ、500ページを読むのに1年ほどかかっているのだから、怠惰な読み手ということになるか。九鬼紫朗「探偵小説百科」(初版)でこの人の名前と「…

海渡英祐「ベルリン1888年」(講談社文庫) ベルリン留学中の森鴎外が古城の伯爵殺害事件を探偵する。

一時期はどの本屋にもころがっていたのに、調べてみると絶版中(それも講談社大衆文庫に収録されてから)。1967年の乱歩賞受賞作がこの冷遇ぶり。 著者は1934年生まれ。大学卒業と同時にプロ作家になり、6年後に乱歩賞を受賞。その後の創作はやまのよう。結…

結城昌治「ゴメスの名はゴメス」(光文社文庫) 1962年ベトナム首都で起きたスパイ事件。同時代の緊迫はノンフィクションのほうが優れていた。

「失踪した前任者・香取の行方を捜すために、内戦下のサイゴンに赴任した坂本の周囲に起きる不可解な事件。自分を尾行していた男が「ゴメスの名は・・・」という言葉を残して殺されたとき、坂本は、熾烈なスパイ戦の火中に投げ出された。香取の安否は? そし…

大藪春彦「血の罠」(徳間文庫) 岡本喜八監督の「暗黒街の対決」の原作。映画のほうが面白かった。

「俺はかならず妻の仇をとってやる。熱く焦げた銃弾を、そいつにぶち込んでやる――妻を殺された元ボクサー田島君彦の怒りは青く燃える。彼は信頼する新田警部補と組んで非情な復讐を開始した。それが、汚職で警視庁を追われ、金もうけをたくらむ新田の仕組ん…

高木彬光「人形はなぜ殺される」(角川文庫) 20年遅れの乱歩風通俗探偵小説。戦前作なら大傑作。

「新作魔術発表会・・・ここでギロチンによって首を切り落とされた美女が蘇るという奇術「マリーアントワネットの処刑」が公開されると言う。ところがその舞台裏で切り落とされる首が消失。そしてその直後の殺人現場にはマリーアントワネット役をやる予定だ…

高木彬光「邪馬台国の秘密」(角川文庫) 魏志倭人伝の記録と人の運動能力と若干の地図だけで「邪馬台国」問題を解いても、歴史理解には役に立たない。

「邪馬台国はどこにあったか?君臨した女王・卑弥呼とは何者か?この日本史最大の謎に、入院加療中の名探偵・神津恭介と友人の推理作家・松下研三が挑戦する。一切の詭弁、妥協を許さず、二人が辿りつく「真の邪馬台国」とは?発表当時、様々な論争を巻き起こし…

高木彬光「成吉思汗の秘密」(角川文庫) 源義経=ジンギスカン説は1920年代に唱えられたトンデモ歴史学。忘れられていたので本書はベストセラーになった。

高校生の時には感激して読んだ。 「昭和 32年、名探偵といわれた神津恭介が東大病院に入院し、探偵作家の松下研三と暇つぶしに義経=ジンギスカン説の推理を始める。奥州藤原氏三代の富貴栄華の源泉は北海道を越えて、樺太、シベリアの黄金入手にあり、これ…

松山巌「乱歩と東京」(ちくま学芸文庫) 1920年代の乱歩作品を都市分析のツールにすると、東京の多面性が見えてくる。

探偵小説作家・江戸川乱歩登場。彼がその作品の大半を発表した1920年代は、東京の都市文化が成熟し、華開いた年代であった。大都市への予兆をはらんで刻々と変わる街の中で、人々はそれまで経験しなかった感覚を穫得していった。乱歩の視線を方法に、変…

島田荘司「本格ミステリー館」(角川文庫) ミステリ文学を科学する試み。本書のやりかただとニセ科学やニセ学問を「リアル」とみなしてしまう。

島田荘司は、ミステリーをリアルとファンタジーの軸、それに直行する論理と情動の軸にわけて、過去の名作をプロットする。彼によると、「本格」というのは論理の軸をつきつめたところで、かつリアルかファンタジーの趣に富んだものであるという。リアルで論…