odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2011-03-01から1ヶ月間の記事一覧

朝比奈隆「わが回想」(中公新書) 戦後の起業では京大閥が役に立ち、ライバルが少ない分野だったのが功を奏した。

1985年に中公新書で出ていたものが、2002年に徳間文庫で再刊。追悼記念なのでしょう。新書版をそのまま復刻したので、バイオグラフィーやディスコグラフィーが1985年までというのはいけない。1990年代の膨大な録音や海外オケの客演(とくに1995年のシカゴ響…

ピエール・ジャン・レミ「マリア・カラス」(みすず書房) 声で人を圧倒したディーヴァの劇的な自己破壊型生涯。

まだクラシック音楽に興味のなかった1977年にマリア・カラスが亡くなったというニュースを聞いた(没したのは9月16日とのこと)。その直後に、彼女の歌う映像が流され、そのカルメンのパフォーマンス(たぶんハンブルグコンサートにおける「ハバネラ」)に圧…

ホセ・マリア・コレドール「カザルスとの対話」(白水社) 芸術家は国境を越えられる、芸術は国境を意識する。

カザルスというチェロの大家には面白い逸話がたくさんある。生まれたのはカタルニア地方の貧しい家。音楽に理解のある両親(特に母親)に支援されて、若いときから高名なチェリストについて研鑽する。そのときの練習の激しさというのはたいしたものだったら…

ケネス・S・ホイットン「フィッシャー=ディースカウ」(東京創元社) 20世紀後半のリートをリードした不世出のバリトン。書かれていない彼のわがままは不愉快。

ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(DFD)を実演で聞いたのは一度だけ。NHK定期公演に指揮者サバリッシュとともに現れ、ブラームス「ドイツ・レクイエム」を歌った。いつかその感想をエントリにアップするかもしれない。 若いときからの才人…

高辻知義「ワーグナー」(岩波新書) ワーグナーの反ユダヤ主義を紹介した初期の啓蒙書。

作曲家としては勿論のこと、劇作家、思想家、美学者として、ワーグナーほど多彩な役割を演じた音楽家は他に例を見ない。同時に、ワーグナーほど毀誉褒貶の振幅の激しい作曲家もいない。稀代の風雲児の複雑に織りなされた生涯を底流するものは何であったか?創…

堀内修「ワーグナー」(講談社現代新書)   バブル時代にワーグナーが盛んに上演されたときの宣伝書。

出版されたのと同時に購入したと思う。1980年代後半、バブル経済に入ると、ワーグナーの楽劇上演が相次いだ。1986年ウィーン歌劇場の「トリスタンとイゾルデ」、2年後の「パルジファル」。バイエルン歌劇場の「マイスタージンガー」。渋谷オーチャードホール…

佐山和夫「黒人野球のヒーローたち」(中公新書) 公式記録が残されなかった「ニグロ・リーグ」の歴史を掘り起こす。MBLの歴史は人種差別の歴史。

野球がアメリカで十九世紀中葉に生まれて以来、基本的に白人と黒人とが共にプレーをすることはなかった。そのため、一八八五年には黒人だけのプロ野球チームが誕生し、その後その数は激増、ニグロ・リーグを結成して、白人大リーグに勝るとも劣らない実力と…

ハルク・ホーガン「わが人生の転落」(双葉社) 世界で一番有名なプロレスラーの栄光と没落を本人が語る。

ハルク・ホーガンの自伝翻訳書。本国アメリカでもベストセラーとなった本書の読みどころは、映画『レスラー』をはるかにしのぐスーパースターの転落ぶり。消えぬ肉体の痛み、息子の交通事故、そして妻の浮気と巨額離婚裁判……。スポットライトを浴び続けたス…

スコット・M・ビークマン「リングサイド」(早川書房) WWEが市場を独占する前のアメリカ・プロレスの歴史。興行とメディアの変化がプロレスを変えた。

知っていますか? 「第16代大統領エイブラハム・リンカーンは、プロレスラーだった」 「世界初のチャンピオンベルトは、1870年に作られた」 「不世出のチャンピオン、ルー・テーズの最後の試合相手は、日本人レスラーだった」 「1950年代にデビューした女子…

門間忠雄「アンドレがいた!」(エンターブレイン) アンドレに関しては目新しい情報はないので、ヨーロッパのプロレス情報のほうがおもしろい。

著者は東京スポーツ出身のプロレス記者。後にはフリーライターとして活躍。のはずだったが、このところ彼の名を聞く機会がない。おかしいと思っていたら、脳梗塞により身体に不自由があるとの由(2004/10/26現在)。回復をお祈りします(wikipediaによると20…

門茂男「力道山の真実」「馬場・猪木の真実」「群狼たちの真実」(角川文庫) 昭和40年代にでプロレスの内幕暴露本。

すでに品切れで店頭に並んでいない本。「力道山の真実」「馬場・猪木の真実」「群狼たちの真実」の3巻からなる。著者は、日本プロレス創生期(1954年)の東京スポーツ記者で、試合・選手・興行に深くかかわった人。1970年代初頭に全日本プロレス(馬場)・新…

森達也「悪役レスラーは笑う―「卑劣なジャップ」」(岩波新書) 日系アメリカ人プロレスラー「グレート東郷」は日本のプロレスの貢献者になりそこねた。

かつて力道山の勇姿に熱狂したことのある人なら、「グレート東郷」という名前に強烈なイメージを抱くはずだ。ずんぐりとした体型、常にニヤニヤと不敵な笑みを浮かべ、極悪非道の反則攻撃を繰り出す。1962年の「銀髪鬼」フレッド・ブラッシーとの一戦は、激…

村松友視「力道山がいた」(朝日文庫) 日本のプロレスをゼロから作ったイノベーターの一代記。

こういうのを読むとつくづくプロレスというのは記憶なのだなあ、と思う。1990年より前には日本のプロレス団体は多くて8つ、少ないときにはひとつという状態だった。そこでは試合の数が少なく、大試合となると数ヶ月に1回ということになる。で、見る側は試合…

高部雨市「君は小人プロレスをみたか」(幻冬舎アウトロー文庫) 「小人プロレスは人権団体に潰された!」はデマ。スカウトをやめて選手がいなくなり、興行会社の倒産で規模が小さくなった。

小人プロレスは、全日本女子プロレスの前座として興業に組み入れられてきた。たぶん最盛期は1980年代の初頭で、所属レスラーは10名前後。茨城県で興業ポスターを見たことがあり、おかしなリングネームににやついたものだ。プリティ・アトム、隼大五郎、天草…

コスモデミヤンスカヤ「ゾーヤとシューラ」(青木文庫) ナチスドイツに抵抗したソ連のパルチザン少女を育てた母の回想。スターリニズムは記述されないがないことで強く意識してしまう。

第2次世界大戦中。ナチスドイツに占領された村にソ連のパルチザンが侵入する。馬小屋を放火しようとした少女が捕らえられ、拷問を受ける。彼女は屈することはなかった。3日後、彼女は村人の前で絞首刑になる。首に縄をかけられた少女は「祖国は解放が近い!…

ネクラーソフ「デカプリストの妻」(岩波文庫) 1820年代シベリア送りになった貴族の将校についていった妻たちをたたえる劇詩。

1820年ころの出来事に取材した劇詩。参考文献のない状況で背景を確認すると、19世紀初頭のロシア貴族の中から発生した武装蜂起集団。彼らが武装闘争を試みる中で、大規模な検挙が実施される。首謀者の多くは貴族の息子のため助命嘆願によりシベリア流刑とな…

プーシキン「スペードの女王」(岩波文庫) ロシア文学の始まりは外国文学の模倣と既存ジャンルの混交。

スペードの女王 ・・・ 1820年代のモスクワの貴族たち。毎日祝宴に賭博にと遊びほうけているが、ある老嬢がうわさになる。彼女は若いころ、パリで名声をはくしリシュリューの声もかかるほどであった。しかし賭博で困窮した嬢はサン・ジェルマン伯に泣きこみ…

プーシキン「ボリス・ゴドゥノフ」(岩波文庫) ロシアナショナリズムの開始を告げる象徴で乱世の奸雄。

ゴドゥノフ朝滅亡をはかるモスクワ貴族階級と偽の皇子を推戴する士族階級とが対立する17世紀初めのロシアの「動乱時代」を鮮やかに描いた史劇。プーシキンは、作中人物を通して、ゴドゥノフ朝滅亡の陰に人民の輿論を見、その輿論の根底に封建制度の崩壊を見…

フリーマン・クロフツ「フレンチ警部とチェインの謎」(創元推理文庫) 高等遊民チェイン氏の素人捜査がギャングの罠にまきこまれる冒険アクションでスクリューボールコメディ。

快活な青年チェイン氏はある日、ホテルで初対面の男に薬を盛られ、意識を失う。翌日自宅に戻ると、家は何者かに荒らされていた。一連の犯行の目的は何か? 独自の調査を始めたチェイン氏を襲う危機また危機。いよいよ進退窮まったとき、フレンチ警部が登場し…

フリーマン・クロフツ「チョールフォント荘の恐怖」(創元推理文庫) クロフツには珍しいイギリスの田舎の館ものミステリー。

法律事務所のやり手経営者リチャード・エルトンは、郊外に大邸宅チョールフォント荘を構え、再婚相手のジュリアとその連れ子のモリー、甥のジェフリィと暮らしていた。ダンス・パーティが催された夜、リチャードは何者かに後頭部を一撃され、死んでいるのを…

フリーマン・クロフツ「フレンチ警部の多忙な休暇」(創元推理文庫) 前半のイギリス周遊汽船ツアーという新規事業立上物語は当時としては新鮮。

旅行社の社員ハリー・モリソンは、ある男から豪華船を用いたイギリス列島巡航の事業計画を聞かされ、協力を申し出る。紆余曲折の末、賭博室を設けた観光船エレニーク号がアイルランド沿岸の名所巡りを開始した。だが穏やかな航海は、モリソンが船主の死体を…

フリーマン・クロフツ「海の秘密」(創元推理文庫) フレンチ警部視点はハードボイルドと同じだが、他人に共感を持たない警官の物語には魅力がない。

1970年代にはクロフツの小説がたくさん邦訳されていたのだが、そのうちに品切れになり、今では「樽」「クロイドン発11時30分」をのぞくとほとんど入手不可能になってしまった。これは地元の古本屋で購入したもの。クロフツばかりが10冊くらい並んでいて、そ…

フリーマン・クロフツ「ヴォスパー号の喪失」(ハヤカワポケットミステリ) 発注伝票や棚卸帳票を調べるクロフツの捜査は「業務」的。

ロンドン・ブエノスアイレス間を就航する貨物船ジェイン・ヴォスパー号が、謎の爆発によって沈没した。海事裁判が開かれ、原因と責任の所在が追及されるが、真相は謎であった。積荷の保険会社は私立探偵サットンに依頼し、保険金詐欺の確証を得ようとするが…

ヴァン・ダイン「僧正殺人事件」(講談社文庫) 平井呈一訳

この文庫はもう新刊書店の店頭には並んでいない講談社文庫版(一時期は創元推理、講談社、角川、旺文社などいくつもの訳がでていたのだった)。訳者は平井呈一。荒俣宏のお師匠さんであり、彼の文章で往時の姿をしのぶことができる。それによると、江戸の戯…

自炊(PDF)生活で変わったこと

食費がかからなくなった、脂肪を減らし野菜を増やすようになった、気分転換を図れるようになった、ということではなくて。まあ本来の自炊生活で、以上は実現するのではあるが。 書籍その他の書類をPDF化することを半年以上続けている。その結果、1.部屋が…

ヴァン・ダイン「ケンネル殺人事件」(創元推理文庫) アメリカ・ミステリ中興の祖で、アメリカ・バブル時代のモデルを提示。

巨匠会心の第6作! 世界推理文壇の寵児となった作者が、〈コスモポリタン〉誌のたび重なる要請に応えて連載した本書は、果然ヴァン・ダイン・ファンの期待にたがわぬ傑作となった。古代中国陶器と犬についてのペダントリーに彩られた殺人事件は、それらの要…

ガストン・ルルー「黄色い部屋の謎」(創元推理文庫) 人気新聞小説から20世紀初頭フランスの科学の体制化を読みとる。

1900年になったばかりの時代の探偵小説(1907年作)。 主要登場人物の一人、スタンガースン博士の研究テーマは「電気作用による物質の解離」「帯電物質に紫外線を照射して疲労を測定する方法」「差動蓄電式検電器」というものだった。最初のは、のちの密室で…

福永武彦「加田伶太郎全集」(新潮文庫) オールドスタイルからモダンディテクティブストーリーへ。作者の進歩の記録

純文学作家が探偵小説を書いた、というときには、昭和40年代までなら坂口安吾と福永武彦の二人が挙げられた。もう少し時期をずらすと、筒井康隆・奥泉光を加えられるのかしら。詳しくないからここまでにしておこう。 完全犯罪1956.03 ・・・ インド洋航行中…

川端香男里「ユートピアの幻想」(講談社学術文庫) 現実が十分に満足することができないとき、ユートピアを実現しようとする構想は政治的な力にもなりうる

「ユートピア」関連書籍。以下を書いたのは「太陽の都」「ダフニスとクロエ―」「潮騒」を書くもっと前のことです。 20代のころ、自前のユートピア文学史を構想したことがあった。そしてモア「ユートピア」、カンパネルラ「太陽の都」、バトラー「エレホン」…