odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2012-01-01から1ヶ月間の記事一覧

ゴートフリート・ケラー「村のロメオとユリア」(岩波文庫) 若い恋人たちが現状の不満や抑圧から逃げ、マジカルなパワー(月、魔術師)に当てられて死を決意した

以前聞いたオペラ(フレデリック・ディーリアス作曲)の原作を持っていたことを思い出して読んだ。130ページほどの小品。あいにく絶賛品切れ中(2003年当時)。概要は次のとおり。 風光明媚な南ドイツの山村に、マンツとマルチという農夫がいた。二人は村の…

フーケー「水妖記」(岩波文庫) ドイツの中世の民間伝承とゴシックロマンスのないまぜになった悲恋劇。同時代には受け入れられず、時を超えてフランス象徴主義詩人たちが再発見。

中世ドイツの湖に面した岬に住む老夫婦。15年ほど前に洪水にあって、幼い娘を亡くした。その数日後、美しい女の子が彼らの前に現れる。夫婦は彼女を自分の娘として育てる。周りに人のいないためか、彼女はきわめて自由奔放、天真爛漫、無邪気でいたずら好…

E.T.A.ホフマン「黄金の壺」(岩波文庫) 産業革命と資本主義化、官僚制の強化が社会の夢見る力を駆逐していく様も読み取れる傑作ファンタジー。

1814年の作。 どじな大学生アンゼルムスは復活祭の日にもうっかり市場の果物売りにぶつかって、売り物を台無しにしてしまう。醜い婆さんが罵倒とともに、クリスタルの壷に閉じ込めると呪いをつぶやく。さて、パイルマン教授の計らいで記録管理官リントホルス…

E.T.A.ホフマン「ホフマン物語」(新潮文庫) オッフェンバックの歌劇「ホフマン物語」の原作短編3つ。「謎」と「解決」がある探偵小説の原型。

この文庫が出版されたのは昭和27年で、オッフェンバック「ホフマン物語」をまともに聞くことはできなかった。まだLPレコードもでていないし。まして、「顧問官クレスペル」に名前の出る古典派の作曲家は録音すらなかったのではないかな(タルティーニ「悪魔…

E.T.A.ホフマン「牡猫ムルの人生観」(岩波文庫) 牡猫ムルは一人称で語り、クライスラーの物語が三人称で進む。複数の文体をミックスした新しい文体で語ろうとした試み

上下巻を読むのに2年がかりになった。 ホフマンはクラシック音楽に深いかかわりがあって、没後数十年もしてから、チャイコフスキー「くるみ割り人形」やオッフェンバッハ「ホフマン物語」の原作になっている。シューマン「クライスレリアーナ」は、この小説…

ウィリアム・アイリッシュ「暁の死線」(創元推理文庫) 都会の残酷さから脱出するために深夜の街で真犯人を追いかける。アイリッシュの最高傑作。

個人的な思い出から。それまでムーミンとかドリトル先生とかツバメ号などを読んでいたときに、ませたクラスメートに進められたのが、この小説。あまりのおもしろさに、それからミステリーを読み出した。教えてくれた友人に感謝。 「もう探偵はごめん」所収の…

ウィリアム・アイリッシュ「もう探偵はごめん」(ハヤカワポケットミステリ) 短編「バスで帰ろう」は長編「暁の視線」の元。

札束恐怖症 ・・・ 小悪党が屋台の売上を盗んで逃げた。警官に押さえつけられたが、金を持っていない(この隠し場所トリックはなかなか実用的、あれっ)。小悪党が友人の医者に弁護を頼むと、証人にたって小悪党が札束アレルギーであることを証明する。無罪…

ウィリアム・アイリッシュ「短編集4 シルエット」(創元推理文庫) アイリッシュのモチーフは「遠くから見る」「覗き見る」。

「毒食わば皿」1940.6 ・・・ 偽装倒産に巻き込まれたペインは臆病者であったが、明日アパートを追い出されるので、雇い主のバロウズに未払賃金を要求しにいった。ドアの前で逡巡する彼の目に、バロウズの金庫と札束が見えた。彼は懇願を強奪に変更する。首…

ウィリアム・アイリッシュ「短編集2 死の第3ラウンド」(創元推理文庫)「消えた花嫁」は「幻の女」に通じる不条理感

アイリッシュの短編集は読んでは売り、また買うを繰り返したおかげで、何を読んだのかそうでないのかわからなくなってきた。今回はたぶん3回目(10代、30代、今回)。でも、ストーリーをすっかり忘れている。個人的な述懐はどうでもいいですか、そうですね。…

ウィリアム・アイリッシュ「幻の女」(ハヤカワ文庫) 目立つ帽子をかぶった女は見たことがないとなぜ誰もが言うのか。再読できない傑作サスペンス。

「夜は若く、彼も若かったが、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった”暗いムードを湛えた発端……そして街を彷徨ったあと帰宅した彼を待ちうけていたのは、絞殺され無惨に変り果てた妻の姿であった。強烈なスリル、異常なサスペンスを展開し、探偵小説の新し…

ウィリアム・アイリッシュ「死者との結婚」(ハヤカワ文庫) 秘密が露見することに怯える想像力が不安を掻き立てる。

「男に捨てられたヘレンという女性がいた。彼女は八ヶ月という身重ながら財産も身寄りもなく、何の希望もないままに故郷のサンフランシスコへ向かう列車に乗り込む。しかしそこで富豪のハザード夫妻と出会ったことで、彼女の人生は大きく回転し始めた。何と…

ウィリアム・アイリッシュ「恐怖」(ハヤカワ文庫) ハーレクインロマンスでendになったところから始まるサスペンス。男たちは結婚前の秘密暴露に怯える。

「彼の指が女の喉元にくいこみ、やがて女の体は動かなくなった……証券会社に勤めるマーシャルは最愛の女性と婚約し、今日が結婚式だった。しかし、たった一度おかした過ちから恐喝を受け、愛する女性と結ばれるため、結婚式の当日に恐喝者を殺してしまったの…

ウィリアム・アイリッシュ「黒いカーテン」(創元推理文庫) 記憶をなくした男の孤独と寂寥。

ウィリアム・アイリッシュもコーネル・ウールリッチもいっしょくたに。 「ショックを受けたタウンゼントは記憶喪失症から回復した。しかし、三年の歳月が彼の頭の中で空白になっていた。無気味につけ狙うあやしい人影。おれはいったい何をしたというのだ? 殺…

ピエール・ボーマルシェ「フィガロの結婚」(岩波文庫) 原作にあった女性差別の告発、貴族制の批難はモーツァルトの歌劇にはないので、戯曲を読みましょう。

モーツァルトの同名オペラで筋をよく知っているので、サマリは略。 訳は辰野隆先生。1952年の訳なので古臭いなあ、と読み始めた。みんな難しい漢語を使うし、回りくどい言い回しをするから。途中で思ったのは、「フィガロの結婚」が初演されたのは1784年。時…

ピエール・ボーマルシェ「セヴィラの理髪師」(岩波文庫) 18世紀の起業家あるいは山師が描いた召使が貴族を虚仮にする物語。ロッシーニの歌劇の原作。

老いた医師(それでも40代だろうが)が後見している若い娘がいる。彼女は美しく、どうやら資産もちであるらしいので、医師バルトロは娘ロジーナと結婚しようとしている。バルトロによっていわば幽閉されている美女に哀れを感じたアルマヴィーヴァ伯爵は、雇…

東雅夫編「ゴシック名訳集成」(学研M文庫) 明治から大正にかけてのゴシック小説翻訳集成。自然主義リアリズムになじめない人たちによるマイナー文学運動の成果。

明治から大正にかけてゴシック小説を翻訳する試みがあり、それを集大成する一冊。 エドガー・アラン・ポオ著 日夏耿之介訳 「大鴉」 エドガー・アラン・ポオ著 日夏耿之介訳 「アッシャア屋形崩るるの記」 ホレス・ウォルポール著 平井呈一訳 「おとらんと城…

ホーレス・ウォルポール「オトラントの城」(国書刊行会) 古城、不幸な美少女、生き別れた美青年、幽霊。ゴシックロマンスの開始を告げる大傑作。

1764年にイギリスの貴族ホーレス・ウォルポールが書いたロマンス。後に隆盛となるゴシック・ロマンスの祖形。 16世紀イタリアの古城、オトラントが舞台。オトラント公マンフレッドは息子コンラッド(15歳)と美少女イザベラとの婚礼を用意していた。宴が開…

ロレンス・スターン「センチメンタル・ジャーニー」(岩波文庫) 奇妙な事物や風習、習慣、名所旧跡、史実などには目もくれず、人に変わるところはないと書く奇妙な旅行記。センチメンタルに感傷的の意味はない。

スターンがこの本を書いたのは16歳のとき、ではなく50歳のころに療養でフランスを訪れた後のこと。 病弱だったスターンはこれが出版された1768年に55歳でなくなった。「センチメンタル」というのは現在のように感傷的・少女趣味的な意味を持っていないで、ま…

ジョナサン・スウィフト「ガリバー旅行記」(新潮文庫) 1726年初版の近代小説は大航海時代と天文学と力学の科学革命を反映。

かつては新潮文庫の中野好夫訳で読んだが、今回は青空文庫の原民喜訳。後者は小学高学年か中学生向けに作られた簡略版と見える。スウィフトの細かい社会や政治の描写はかなり省略されている。たしかに大人の読者であっても18世紀のイギリス統治の状況がのみ…

夏目漱石「文学評論 3」(講談社学術文庫) 技巧家「ポープ」の知的遊戯と汗の臭いがする労働文学者「デフォー」の稚拙な文学。

「第5編 アレキサンダー・ポープといわゆる人工派の詩 1 ポープの詩には知的要素多し/2 ポープの詩に現れたる人事的要素/3 ポープの詩に現れたる感覚的要素/4 超自然の材料/「ダンシアッド」 第6編 ダニエル・デフォーと小説の組立 デフォーの作品/小説の組…

夏目漱石「文学評論 2」(講談社学術文庫) イングランドの常識文学家「アディスンとスティール」とアイルランドの厭世・皮肉の文学者「スウィフト」を対比

続けて第2巻。アディスンとスティールはこの本以外で名前をきいたことがないや。 「第3編 アディソンおよびスティールと常識文学 1 常識/2 訓戒的傾向/3 ヒューモアとウイット 第4編 スウィフトと厭世文学 風刺家としてのスウィフト/スウィフトの伝記研究の…

夏目漱石「文学評論 1」(講談社学術文庫) 18世紀イギリスで文学者は政治の世界から排除され、簡潔な英語で書くようにして、本の出版で食べていけるようになった。

1909年に発刊された講義録。著者の序文には、研究がいたらないがとりあえずまとめたという釈明が書かれていて、いつどこの講義であるのかわからない。著者はしきりに謙遜するが、開国後40年目のこの国で18世紀の英文学を鳥瞰しようというのがどれほど困難で…

「ほらふき男爵の冒険」(岩波文庫) 国民国家ができる前なので男爵はヨーロッパからトルコまで自由に旅をすることができた。

ほらふき男爵、ミュンヒハウゼン男爵の愉快な冒険は、子供のころから読んでいて詳細は良く知っているに違いない。あるいはテリー・ギリアム監督の映画「バロン」を見ているに違いない。なので、サマリーを書くこともないだろう。老年を迎えての読み直しをして…

「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(岩波文庫) ルネサンスも宗教改革も遠い先のドイツ中世民衆本。生まれたときに3回の洗礼を受けたトリックスターが死ぬまでにしでかした滑稽の数々。

この中世民衆本の成立はなかなかおもしろい。もともとは1515年版がもっとも古かったのだが、編集がずさんで低地と高地のドイツ語がごっちゃになっていた。そこで、1515年版のまえに低地ドイツ語の版があったと仮定されていたが、それが1970年代にそれより古…

レオポルド・ランケ「世界史概観」(岩波文庫) 「歴史理念」を持たない歴史学の始まり。でも本書はバヴァリア国がコーマ帝国の正当な継承者であると力説。

レオポルド・ランケが1854年にバヴァリア国王マクシミリアン2世に行った歴史講義の記録。マクシミリアン2世は1856年に死去。その後を次いだのが狂王ルートヴィッヒ2世。講義の直前の1848年ドレスデン革命にはワーグナーが参加。というわけで、高校2年の…

リヒャルト・ワーグナー「芸術と革命」(岩波文庫) 同時期のマルクス/エンゲルス「共産党宣言」より保守的な若書き論文。事業計画書としては成功。

30代のワーグナーが1848年の革命に際して書いた若書きの文章。結局、彼の主論文である「未来の芸術作品」「歌劇と戯曲」などは訳出されず(岩波文庫では)、こういう若書きの、論旨不明な文章をこの国に紹介してどうしたかったのかしらん。 共和主義の運動は…