odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2021-01-01から1年間の記事一覧

マイケル・サンデル「公共哲学」(ちくま学芸文庫)-2

2021/11/05 マイケル・サンデル「公共哲学」(ちくま学芸文庫)-1 2005年 第2部は法律・政治における具体的な道徳を議論する。注目するのは、市場の道徳的な限界。市場が市民生活にかかわると市民道徳が堕落し、公共部門の品位を落とし、非市場の生活領域(…

マイケル・サンデル「公共哲学」(ちくま学芸文庫)-3

2021/11/05 マイケル・サンデル「公共哲学」(ちくま学芸文庫)-1 2005年2021/11/04 マイケル・サンデル「公共哲学」(ちくま学芸文庫)-2 2005年 リベラリズムのさまざまなタイプについてと、リベラリズムとその批判の対決について。 第3部 リベラリズム、…

杉本良男「ガンディー」(平凡社新書) 彼は非暴力的抵抗と殉教のイメージの人ではない。21世紀には評価が揺らいでいる。

マハトマ・ガーンディー「真の独立への道」(岩波文庫)1909年を読んだが、ガンディ(表記は揺らぎがあるが、ここでは本書の表記を採用)の考えはよくわからなかった。そこで、2018年にでた評伝を読む。 重視するのは、ガンディの思想のオリジナルを探すので…

米本昌平「バイオポリティクス」(中公新書)-1 人体改変や人体の資源化の技術をどう制御するかを検討する新しい考え方。

1990年代に完了したヒトゲノム解析、ES細胞などによって、人体の交配や臓器提供などが実現できる見通しができた。しかしこれは人間の人体観・死生観に大きな影響を及ぼす。一方で、企業は商用化に向けて研究を加速し、南北や国内の経済格差はマイノリティや…

米本昌平「バイオポリティクス」(中公新書)-2 人体のパーツが商品化されて、グローバルな経済圏を作っていることと経済格差を原因とする人体棄損が起きている。

2021/10/29 米本昌平「バイオポリティクス」(中公新書)-1 2006年の続き 後半はより政治に近い問題になる。人体のパーツが商品化されて(輸血や角膜移植などで古くから使われていた)、グローバルな経済圏を作っていることと経済格差を原因とする人体棄損が…

内田亮子「生命をつなぐ進化のふしぎ」(ちくま新書) 観察を続けても人類と霊長類の差異は明らかにならないし、行動の起源を確定することもできない。

生物人類学、進化生物学、行動進化学など1990年以降に生まれた科学の新分野の紹介。かつてはおおざっぱに動物行動学とでもされていた研究を細分化すると同時に、「動物行動学」が内包していた差別や蔑視などをのぞこうとする(どこかで読んだが、「動物行動…

坂巻哲也「隣のボノボ」(京都大学学術出版会) コンゴのジャングルで20年類人猿を観察していると、共感を感じるとも疎外されているとも感じる。

以前ピグミーチンパンジーと呼ばれていた類人猿は今ボノボと呼ばれる。体格はチンパンジーに似ているが、詳細にみると違いがあるし、行動がとても異なる。この類人猿がほとんど知られていないのは、生息域はコンゴ(旧ザイール)の一部に限られ、秘境にある…

アーネスト・ヘミングウェイ「老人と海」(新潮文庫) 資本主義社会の英雄は聖杯探索に失敗し、村は衰退するしかない。

カリブ海の島にある漁村。WW2のころは活気があったが、大資本の沿岸漁業がでるようになって、小舟による漁はさびれるばかり。若者は島を出ていき、中年以上の漁師しか残っていない。そこにいる老人は84日の不漁に出会っていた。あまりの運のなさに、手伝いの…

ロバート・マキャモン「ナイトボート」(角川文庫) ゾンビ映画と「Uボート」を合体した長編第3作。習作だがここから飛躍した。

マキャモンの出版第3作長編(書かれたのは2番目)。 カリブ海のコキーナ島。戦時中は造船と修理で儲かったものだが、今(1970年代後半)は仕事がない。観光客も来ない。心に傷を負ったアメリカ人がつぶれそうなホテルを居抜きで買って経営しているが、心は晴…

ウィリアム・アイリッシュ「夜は千の目を持つ」(創元推理文庫) タイトルは抜群なんだが、オカルトはサスペンスと相性が悪い。

大富豪で資産家に最近雇われたメイドがおかしなことを口にした。「主人が飛行機に乗るのをやめるように」。実際に予約していた飛行機が墜落した(当時はさまざまな技術不足などで、墜落事故が頻発していた)。しかし、搭乗直前にとどいた電報で思いとどまっ…

パーシヴァル・ワイルド「探偵術教えます」(ちくま文庫)

ワイルドが1940年代に書いた連作短編集。「エラリー・クイーン」の片割れダネイの寄与もあったという(エラリー・クイーン「クイーン談話室」(国書刊行会) で言及されていたと解説にあったが、全然記憶にないや)。単行本になったのは1947年。 田舎町のお…

パーシヴァル・ワイルド「検死審問ふたたび」(創元推理文庫)

おお、面白かった。さて、感想を書こうかとおもって、前作のエントリーをみてみたら、すでに言いたいことが書いてある。これは困った。パーシヴァル・ワイルド「検死審問」(創元推理文庫) コネティカットの田舎町トーントンのさらに町はずれにある古い家を…

パトリック・クェンティン「女郎蜘蛛」(創元推理文庫)

ニューヨークの演劇プロデューサーはあるパーティで作家志望の若い娘に引かれる。数回断られた後、デートに成功すると、彼女の境遇が惨めだったので、妻が旅行で不在になる間自宅を仕事場に使うように進めた。仕事は順調に進んでいるようだった。妻の帰国を…

シオドー・マシスン「名探偵群像」(創元推理文庫) 高校の歴史教師が書いたミステリー。ワトソン役を使えない困難をどう克服するか。

高校の歴史教師をしていた男が探偵小説のアイデアをEQMM(エラリー・クイーンズ・ミステリー・マガジン)に送ったら、ぜひ買いたいと返事があった。一つ発表したら幸い好評だったので、10編を書いた。それをまとめた短編集。 歴史上の人物が探偵になるという…

バーバラ・ニーリイ「怯える屋敷」(ハヤカワ文庫) 家政婦は家族の探偵になれるが、雇用主の家族に観察されるので、公正な観察者になれない。まして黒人女性であれば差別を受ける。

家政婦は探偵なのだという妄想を小川洋子「博士の愛した数式」、筒井康隆「家族八景」で得た。その系譜に載るような小説を見つけた。バーバラ・ニーリイ「怯える屋敷」(ハヤカワ文庫)1992年。そして、自分の妄想はそのままでは通用しないということに気づ…

ハリイ・ケメルマン「金曜日ラビは寝坊した」(ハヤカワ文庫) ユダヤ社会をケーススタディにした正義や倫理の問題のほうが興味深い

金曜日の朝、ラビは寝坊した。起きたときには、ラビの車のそばで絞殺された女性の死体が発見されていた。彼女の持ち物であるハンドバックがラビの車の中に見つかった(ということは、ラビに限らずボストンからほど近い小さな町の住民は車に鍵をかける習慣が…

ジェイムズ・ヤッフェ「ママは何でも知っている」(ハヤカワ文庫) 社会の知的エリートよりも家庭にいる良妻賢母が優れているという戦後アメリカ家庭のモデル化。

安楽椅子探偵の古典。刑事になったジェイムズが週末にママの家に行く。ママの手料理を賞味するのが目的だが、ママは息子の仕事を聞きたがる。話を聞いていくつか質問すると、ママは難事件を見事に解決する。15年間にわずか8編がかかれただけだが、80年代に…

ウィリアム・ヒョーツバーグ「堕ちる天使」(ハヤカワ文庫) ハードボイルド部分は解決していないが、すべての謎は解かれている

ハワイが併合されたのがニュースになったというから1959年のこと。ニューヨークのしょぼくれた私立探偵ハリー・エンジェルに、ルイ・シフルという男からおよそ20年前に失踪したスイング・ジャズ歌手ジョニー・ファイバリットの行方を捜してくれという依頼が…

ジェデダイア・ベリー「探偵術マニュアル」(創元推理文庫)

その名前もない都市には、<探偵社>がある。組織の全貌はつかめないが、とりあえず探偵と監視員と記録員と記録管理員と用務員という職務があるらしい。 「雨が降り続ける名もない都市の〈探偵社〉に勤める記録員アンウィンは、ある朝急に探偵への昇格を命じ…

都筑道夫 INDEX

手元にある都筑道夫の本約130冊のレビューも残すところは「なめくじ長屋」シリーズだけになりました。このシリーズはじっくり時間をかけて読みたいので、レビューを公開するのは数年後になるでしょう。というわけで、いままでに公開したレビューの一覧をつく…

都筑道夫「ひとり雑誌第1号」(角川文庫)-1

1945年の敗戦と同時に、16歳の少年が早稲田実業に行くのをやめ、劇作家を志す。あるカストリ雑誌の編集部に入り、雑用をしているうちに、雑誌に穴が空こうとしたのでショートショート(という言葉は当時はない)を書いた。それから依頼されるたびに講談…

都筑道夫「ひとり雑誌第1号」(角川文庫)-2

2021/09/17 都筑道夫「ひとり雑誌第1号」(角川文庫)-1 1950年の続き 雑誌の同じ号に一人で複数の小説ほかを掲載することがあったので、作家はいくつものペンネームをつかった。時代小説用、翻訳用など。タイトルの後ろにかっこをいれたのは、そのペンネー…

都筑道夫「ひとり雑誌第2号」(角川文庫)

続けて第2号。「掘出珍品大特集」と称する。 妖説横浜図絵 ・・・ 都筑道夫「変幻黄金鬼」(時代小説文庫)所収 昔噺羅生門 ・・・ 羅生門の前で自害しようとする男を鬼が助ける。恋路が破れての果てであるが、風雅を解する鬼は一肌脱ごうと、疫病神に頼ん…

都筑道夫「ひとり雑誌第3号」(角川文庫)

第3号は「空前絶後大特集」。 弁天夜叉 ・・・ 女掏摸からのし上がる弁天小僧菊之助(いまでいう男の娘)の身の破滅まで。 敵討三世相 ・・・ 敵討ちにでた兄弟、捕まらない相手、それも幼いころから世話をしてもらった伯父を追うことに飽きる。弟は離反し…

都筑道夫「ひとり雑誌増刊号」(角川文庫)

ひとり雑誌全3巻は古い切り抜きから小説(と一冊ごとに2つの講談ダイジェスト)を編集した。好評だったのでもう一冊出すことになったが、小説は残っていないので、講談ダイジェストだけで編むことにした。全8編のうち怪異をあつかったのが5つあるので、「妖…

都筑道夫「変幻黄金鬼」(時代小説文庫)

1950年代と1980年代の時代物、伝奇小説を集める。最初の作はもともとは「魔海風雲録」。同じタイトルの長編を1954年に出したので、短編を本書のように改題。最初の4編が50年代はじめ(「私が二十歳から二三歳までの間に、どこかでかいたもの」)。 変幻黄金…

都筑道夫「魔海風雲録」(光文社文庫)

1954年というと、仙花紙に印刷した粗悪な読み物雑誌の売れ行きが激減し、時代小説のニーズもなくなっていった時期だった(と作者はいう)。そこで初めて長編出版の話がでたときに、それまでの伝奇小説、時代小説、講談書下ろしなどの総決算としてこの長編を…

都筑道夫「女を逃がすな」(光文社文庫)

同タイトルの光文社文庫を読む。併録は「やぶにらみの時計」。エッセイにもあるように20歳から文章を売ってきたので、どれが最初の作品かはわからない。ここに収録されたのは1958年のものだが、すでに売文のキャリアは10年を超えている。20代後半の作者はす…

カート・キャノン「酔いどれ探偵/ぬすまれた拳銃」(ハヤカワポケットミステリ) メインストーリーの間にはさまれるだらしない大人の未練がましさがこの国の大人の琴線に触れるのだろう。

「おれか?おれは、なにもかも、うしなった私立探偵くずれの男だ。うしなうことのできるものは、もう命しか、残っていない。」 という詠嘆で始まるニューヨークの酔いどれのモノローグ。元は探偵。結婚して楽しい暮らしをしていたが、ある時妻が共同経営者と…

カート・キャノン「酔いどれ探偵街を行く」(ハヤカワ文庫) アル中とルンペンは警察の庇護を受けられないかわりに、社会の義務やルールの外にいる。西部劇なら英雄になれるものが、現代ではアンチヒーローのスティグマを押される。

カート・キャノンはニューヨーク・バウアリの街の私立探偵。トニと結婚して数か月目。トニがベッドの中でパーカーと一緒にいるのを見つけた。以来、カートは探偵の免許を取り上げられ、アルコール漬けになる。一日中飲んだくれている30歳の男にも、探偵を頼…